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きょうは、北大路魯山人の醤油趣味についてです。
タイトル「醤油派」
また、北大路魯山人について書いてみます。
この方、美食家、食通として有名ですが、いろいろなものを食べるときの味付けは、実は非常に偏っています。多くの著作で、「コレは、こうした食べるのがうまい。こうして食べるべき。この味がわからない人は、味音痴」みたいなことを書いておられるのですが、味付けが「醤油+薬味や出し」というケースがとても多いのです。
この方、美食家、食通として有名ですが、いろいろなものを食べるときの味付けは、実は非常に偏っています。多くの著作で、「コレは、こうした食べるのがうまい。こうして食べるべき。この味がわからない人は、味音痴」みたいなことを書いておられるのですが、味付けが「醤油+薬味や出し」というケースがとても多いのです。
有名なところでは、すき焼き。肉を食べるときは、「醤油とわずかな味醂」と書いています。天ぷらは、「あまい天つゆはダメ。大根おろしに醤油がいい」と書いていますし、スッポン鍋も推奨の味付けは「醤油に出し汁」のみです。有名な話として極めつけは、フランスに行って名店の鴨料理を食べたときに、持参した醤油とわさびで食し、「こっちの方がうまい」といったという話が伝わっています。
実は、この方、生まれ育った時代の味付けが、この「醤油、出し、薬味」であることが多かったので、それがうまいという「口」になっていたと思われます。そして、ほかの人にも同様に、「生まれ育った土地の味付け、慣れ親しんだ味付け」があるにもかかわらず、それらを一切認めず、「俺の食べ方のほうがうまい」と常に言い切っています。特に「東京の味付け、東京人の味覚」には厳しく否定的で(魯山人は京都出身)、とにかく、すべてがほとんどダメ出しをされています。
「どんな料理にも、あるものを足して食べる」とか「この料理に、ちょっとコレを足して食べるとうまい。(ちょい足しですね)」というのは、むかしからありますね。マヨネーズならマヨラーなんてことばがありましたね。北大路魯山人は、大の醤油好きですから、さしずめ「ショウラー」というところでしょうか。(ちょっと語呂が悪いですけど)
とにかく、味の決め手が醤油推奨で、そして京都の人なので、「濃口醤油はダメ」「醤油は淡口がよい」と言い切っています。
とにかく、味の決め手が醤油推奨で、そして京都の人なので、「濃口醤油はダメ」「醤油は淡口がよい」と言い切っています。
そう考えてみると、時々見かける「ちょい足しレシピ」には、まず、「醤油を数滴、足してみる」というのが、目からうろこ、という感じがしないでもありません。醤油は、いろんな銘柄、味がありますし、「研究のし甲斐」も申し分なくあります。醤油メーカーから、少なからず新製品が追加されてゆくので、楽しみが続くという点も大きいでしょう。
そして、なにより、おそらく実際にそれは、「うまい」のです。西洋料理では、しばしば、「仕上げに、塩コショウ」という行為が行われます。これは、「ぼやけた味に、最後にしまりを持たせる」という効果があります。ダイレクトな塩味とコショウの風味が、食べる側に強く伝わるということですね。ですから、「食べるとき、ほんのちょっと醤油をかける」というのは、醤油の強い味と香ばしい香りを追加することになるからです。おそらく、魯山人は、この「醤油と出し、薬味」の渾然一体となった味が好きだったのでしょうね。そして、それは、「ごく個人的な嗜好」であったと思います。なので、フレンチの店に行って、料理に自前の醤油を数滴垂らして食べ、「このほうがうまい」なんて、いって悦に入ったりすることは、しないほうがいいでしょう。
おわり