1999年12月11日

 

遅く起き、ダラダラと過ごした。まだ完全回復していない体にはシェムリアップの風、雰囲気が心地よい。市場で小さな目覚まし時計を買い、川沿いの簡易市場で時間を潰した。

 

そのようにのんびりブラブラで過ごしているとあっという間に夕食タイムになった。

 

夕食はヒデとムサシ師匠と共に、美人姉妹がやっている屋台で食べた。そこで出されるシェイクが「美人姉妹のシェイク」と固有名詞が付くほど美味しく、有名だった。

 

実際屋台を切り盛りしている姉妹はむっちゃ美人で本人達もそれを意識してか綺麗に着飾っていた。明らかに一般的な屋台のおばちゃんとは一線を画す出で立ち。誰かバックにパパさんでもいるんちゃうか?と、訝ってしまうが、パパが付いてるなら屋台ではないだろう。

 

 さて、夕食後、明日バンコクに戻るヒデは宿に帰った。残った俺とムサシ師匠。

 

「さて、ムサシ師匠どういたしましょう?」

 

というわけで、俺の体調不完全のままムサシ塾は突然開講。

 

「シェムリアップ。アンコールワットという絶対的観光遺跡の威光にあやかる町。無責任に人はそう言うだろう。だが待て!このような有名な観光地にも普通に暮らす人々がいて、普通の暮らしがある。俺はそれを見たいんだ!だってそうだろ?旅ってのは日常を離れ、飛び出さなきゃ知り会えることのない人達との触れ合いや、そこで営まれている日常見て、経験して思い出が作られ、一生の財産になるんだから。そう、俺は旅人。アンコールワットを見に来たのは単なるきっかけ。シェムリアップの町に居させていただくのならば、それを感じなきゃ。そして、自分の財産にして、人に伝えなきゃならない。」

 

このような文化人類学的視点による師匠の教えを実践するため、俺は夜のシェムリアップの取材敢行命令を頂いた。

 

残念なことに取材内容は機密事項にて公表できないが、

 

シェムリアップ=アンコールワット

 

という安易な式でこの町を語ることなかれ。夜もしっかりと人々は生活を営んでいるのだ。そして、俺の夜遊び取材は終了した。

 

☆いやぁ、大変な取材だった。というのも、とある店で取材中、俺が店内を敢行取材中に外にいたムサシ師匠が警察の尋問を受けたのだ。もちろん法に触れることはしていないのでパクられる理由はなかったのだが、要は警察のいちゃもんである。店のオーナーの女将がいくばくかのみかじめ料を払って事なきを得たという。そんなことも露知らず、のんきに取材を終えて出てきた俺は事のいきさつを聞いて驚いたのであった。

どうでもいいけど、語頭に「夜の.....」とか「大人の......」って付けるとなんかエロくなりません?

 

「夜の......遊園地」     「大人の........保育所」  etc....

 

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