姓名は人格を形成するという思想のひとつを

 

三十分くらい前にUPしました。

 

以前も書いた

 

名前の漢字表記によって

 

古風な感じだったり

 

現代ちっくな感じだったり

 

そういうのもあったり

 

わたしのように

 

同姓同名はおろか

 

同名の人物もまったく存在しないとなると

 

誰とも似ていないし

 

誰とも疎通しえない人間になる。

 

近年はやりの

 

キラキラネーム

 

つまり

 

DQNネームの命名者は

 

何を考えているのか、と思う。

 

こどもは

 

物心ついた時点では

 

自らの名前を自らの意志で変更することはできないので

 

姓名が原因のいじめにあって

 

自殺とかしたり

 

しなくても

 

人格形成に深い影響を及ぼす。

 

人間不信になり

 

社会性が育たなくなる。

 

そのような状況になるのは

 

わたし自身が大きなサンプルとなっています。

 

それは何としても防ぐ必要があります。

 

 

そういう意味で

 

女神様のように

 

同名の人間がいくらでも存在している名前というのは

 

人格形成上

 

望ましいものではないと思います。

 

一方、

 

同姓同名が存在するのは

 

世の中では多々あります。

 

女神様のように

 

同姓同名が存在するような姓名のほうが

 

生命を維持するうえで

 

精神的にはよいのかもしれません

 

真っ当な人間に育つかもしれません

 

というより

 

絶対まともで真っ当です。

 

 

 

たぶん私自身、

 

女神様と同姓同名だったり

 

女神様の業務上の相棒と同表記の女性だったり

 

する人物と関わりあうことになったら

 

その人物を

 

好人物とか

 

ややもしたらかたおもいの対象に

 

するかもしれません。

 

 

姓名というのは

 

改定が困難なのに

 

人間性に多大なる影響をもたらす

 

重要なものなのです。