私が自殺をする場合、

理由はたった1つ。

異性に近づけなかったことを苦にする。


そもそも、

小学校1年生の時代の、

通学班のいじめ、

学級のいじめ、

これらの二重のいじめ、で

まず男性不信。

集団不信、ひいては人間不信が

はじまった。

それが原因で、友達とよべる存在が

できなかったというか、

つくりたいとはおもえなくなったというか。

更には

岩本知美の件で、

女性不信もあった。

小学生にして、人間嫌いといっても

過言ではない状況が完成した。


そのこと等、人間の関わり合いに

不信を抱き続けた。

そのくせ自殺をしなかったのはなぜか。

理由はわからない。

首を吊ろうとしたり、

線路に入ってみたり、

薬を多用することをもくろんだり、

…………………………………。

結局、今まで生きてきた。

臆病ではない。

親や学級からも、

「死にたければ、死ね」と

言われ続けた。

復讐のために生きているような

気がする。

とくに、

岩本知美に対しては、

並々ならぬ怨念がおんねん。



ただ、

そんな自分でも、

限界はあると思う。

つまりさみしさ。

年齢が近い女性より離れた女性に

惹かれる(本日のブログ参照)のは

自分の今までの人生で受けてきた

岩本知美などからの仕打ちが原因で

あることは間違いない。

これからも、年齢の近い女性には

縁がないと思う。

世間体から著しく逸脱していると

片仮名4文字の表現をされようと、

それは曲げない。

というか、曲がらない。

私にとっての異性は、

年齢の離れた女性の方が

可能性はあると思う。


とはいえ、可能性は著しく低い。

私自身のオーラと、

小学1年生の4月で完成された

集団不信が、

その後の岩本知美一団によって

強化された集団不信で、

一層自分自身がひん曲がった。

おひとり様に慣れてしまった結果。


なのに、今日みたいに、

若い男女のバカップルの楽しそうな

1:1

ならびに、

2人掛けシートで並ぶ姿

(註;本日はロングシート編成ではない)

だけで、

相手を岡山駅の事件のようにあの世に送ろうと思ったり、

彼女を倉敷市の小学生みたいに拉致監禁しようと思ったり

するのは、

さみしいからに他ならない。

世間体はある。

下手にナンパしたらストーカー等の軽犯罪や

ミラーマンのような重犯罪扱いされる世の中、

そうそう声をかけられない。

そういう時代でなかったら、菜々子さんに告白している

かもしれない。


そんな閉鎖的な時代にあって、

リアルな異性関係がなくてさみしい。

それには、自分自身の限界が来ているのだと思う。


あの世に手土産をもっていきたい。

恋人を作るという、

世界から戦争をなくすよりも難しい経験を得て。