電車の中には、さまざまな人と乗り合わせる。

菜々子さんもその一人である。


人、目的地も、世代も、祖先の土地も、趣味も、

価値観も、筆跡も、帰りの時刻も異なる。


当然、姓名も十人十色だと思う。

同姓同名なんてそう居るものではないと思う。

乗客それぞれの姓名なんてわかるはずがない。


旧知の人間や親族が乗っていれば別だが、

そんなことはまずない。

だけれど、確実にいえることがある。



【全ての乗客は、私より姓名の少なくとも一方は

 人間らしいものを持っている】



自分自身の姓名が尋常からほど遠い、悲劇過ぎる

姓名であるが故に、このような考えに着いた。

そして、

【誰でも良いから姓名を交換したい】

と考えるようになった。


これは、今になって思うことではなく、

小学1年生の頃にはそう思っていた。

当時から、自分の姓名に、異常さを感じていた。

周囲の人の姓名が羨ましくて羨ましくて。