さっきのブログを書いていて、
【そういえば、昔の自分はどんな女性にあこがれていたのだろう】
と考えた。
幼稚園のときからすでにかたおもいの片鱗はあったとおもう。
その頃から活発系な女性にひかれてたのだと思う。
自分がひとみしりで、話しかけていくことができなかったので、
積極的に話してくれる女性にひかれていたのだと思う。
小学校、中学校・・・・と進むにつれても、その傾向はそれほど
動いてないと思う。
でも、小学校とか中学校とかは、(自分の時代だけかもしれないけど)
うまく説明できないけど、男女別個に居る傾向があった。
いじめと運動能力が原因で、男同士の中にとけこめなかったので、
女子となら友達として普通に接したい・・・という思いがあったけど
それが叶わなかった。
だから、「女」に生まれたかった。
もし、「女」に生まれてたら、幼少時からひ弱でおとなしい状況でも、
女同士として友達づきあいは人並みにはできたのではないか。
そして、今の世の中も、男である現実以上にわたりやすいのではないか、
と思うのである。
今はネット環境の普及で、高校生はおろか、小学生・中学生でも異性間
交友がやりやすいと思うのです。
時代はかわっています。
【そういえば、昔の自分はどんな女性にあこがれていたのだろう】
と考えた。
幼稚園のときからすでにかたおもいの片鱗はあったとおもう。
その頃から活発系な女性にひかれてたのだと思う。
自分がひとみしりで、話しかけていくことができなかったので、
積極的に話してくれる女性にひかれていたのだと思う。
小学校、中学校・・・・と進むにつれても、その傾向はそれほど
動いてないと思う。
でも、小学校とか中学校とかは、(自分の時代だけかもしれないけど)
うまく説明できないけど、男女別個に居る傾向があった。
いじめと運動能力が原因で、男同士の中にとけこめなかったので、
女子となら友達として普通に接したい・・・という思いがあったけど
それが叶わなかった。
だから、「女」に生まれたかった。
もし、「女」に生まれてたら、幼少時からひ弱でおとなしい状況でも、
女同士として友達づきあいは人並みにはできたのではないか。
そして、今の世の中も、男である現実以上にわたりやすいのではないか、
と思うのである。
今はネット環境の普及で、高校生はおろか、小学生・中学生でも異性間
交友がやりやすいと思うのです。
時代はかわっています。