最近、連ドラの話題についていけない。タイトルとか、誰が出てるとか大体は知ってるんだけど、いかんせん見ていないものでわからない。話は変わるけど、昔少年ジャンプでやっていた『PSYCHO+』という漫画があった。写真がそれね。
物語はというと、舞台は近未来の日本。突然変異により髪の毛と目の色が緑色の高校生、緑丸(みどりまる)が中古ゲーム屋で衝動買いしたゲームで超能力を手に入れるというもの。正直かなりマニアックでシュールな作品だが、実は僕はこの漫画が大好きであった。
その物語の準主役で、水の森雪乃という女の子がいる。その少女は電脳少女と呼ばれ、コンピュータや人工物に負けるのを何よりも嫌う。そのおかげで彼女はとてもゲームが上手く、ゲームで自分を負かした人の恋人になるという賭けをしたり、またセンサーライトのセンサーに引っかからないようわざとライトの裏を抜けて歩いたりするほどである。
周囲から変人扱いされていた緑丸だが、ある日ひょんなことから人工物でない自分の緑色を奇麗と言ってくれる水の森ちゃんと出会う。ここから物語が始まるのである。
つまり、これですよ。話は元に戻るが僕が連ドラを見れない理由はこのときの水の森ちゃんと同じである。
何が言いたいかというと、なぜたった十数話の物語を見るために、毎週毎週決まった時間にテレビの前にいないといけないのか。テレビを見るために仕事を早めに切り上げ、寄り道せずに家に帰らなければならないのかということです。
僕はそんなことのために人に義務を課されるのが嫌いなんです。しかもあれだろ。他人に無理やり課されたにも拘らず一回でも見逃すとだいぶカナシミブルーな気持ちになるじゃないですか。
そもそも見るつもりなんかなければ、ドラマを見れなかったからといってブルーになることもないし、見たいと思わなかったら時間に縛られず好きなように行動できるやん。
とまあ、そんなとこです。
でもドラマなんて見る見ないは人の勝手だし、その義務を課されたとしてもそれだけの価値があると判断した人が見てるのかもしれないよね。もしくはその義務がたいした負担になっていない人が意外と多いのかもしれないし。
だからと言って連ドラの話についていけない僕を責めないでください。時効警察は結構がんばって見たんだよ。麻生久美子のためにね。
P.S.『PSYCHO+』の作品中で、緑丸は二つ折りの携帯ゲーム機を使用している。そしてその二つ折りの内側上下にそれぞれ画面が用意されている。
そう、つまり作者の藤崎竜先生は任天堂よりずっと早く、15年近く前からDualScreen ⇒ DSのゲーム機の存在を世に送り出していたんだね。