湘南藤沢大学
SFCに通ってます大学一年生です。
なんだかSFC生とか、SFC受験生にとって役に立ちそうなことを書いてみようと思います。
嘘です。すきなこと徒然書いていきます。
SFCに限らずどこの大学もそうなのかもしれないけど、
自分のやりたいことを模索し続けないと、自分を見失ってしまいます。
うっかり勢いで現役合格してしまったものですから、思慮が浅くてどうしようもないです。
てなわけでモラトリアム期間を設定しつつ、少しずつ理想の大学生になろうと考えています。
2008年は模索の年
2009~2010年は専門性を高める年
2011年は大学生を満喫する年。夜遊びする。
2008年の春学期は、大学という枠からはみでて活動をしました。
大学くそくらえ、と感じていました。プロレタリアによるリア充非難みたいな(違
NPOやSBなど、テレビに出たり取材されたり(あまり書くと個人特定されてしまうのですが)、とてもマクロな視点から自分の立場を見ることができました。
自分が社会問題に直面するギリギリ当事者である自覚もしたし、当事者としての問題は自分自身で解決していくしかないということにも気づいた。高校三年生のときから気になっていた、アダルトチルドレンや下流層の人々についての考察も深まった。結論から言うと、「下流層は世の中では「存在していない人々」とされている」「中流といえる自分は、気を抜けば下流に落ちる可能性は高い」ということ。それは、名の知れたSBについても言えるかもしれない。
可視化された問題よりも、今だ気付かれていない問題のほうが深刻であり、私はまさにその問題に直面しているような気がする。被害妄想なのだろうか?仮にそうだとしても、妄想の原因となる要素は確かに存在する。
「根拠がない、ということは、存在しないということにはなりえない」
とりあえず。勢いに乗って、かなり珍しい体験ができたと思います。感謝。
同時に、自分を形成する要素の弱さにも気づきました。広い世界で行動するには、「自分」という軸がないと崩壊してしまう。
足元かためなくっちゃ。
そんなことを目標にしつつ、すでに秋学期直前。
ひとりぐらしをはじめることにしました。
父親には黙ってマンションを契約し、母の援助によって実家を離れます。
誰になんと言われようとも、まずしばらくは、自分を強くするために生きたいと思います。
春学期に関わった多くの人たちにとっても、心外な行動だろうし、落胆もされたかもしれない。
だけど、自分に言い訳しないためにも、自分のためだけに生きる。
「コミュニティー3つ限界論」に従って
*アルバイト
*研究会
*SKILL FACTORY
に専念。(あとは、もちろん大学の勉強)
あとは、コンプレックス解消です。
キャパオーバーでパンクをしない、時間を守れる人間になりたいです。
欲をかくなら、個人的に
*デザインの勉強
*SFC内の研究会アンケート(for受験生)
をやってみたいです。自分自身、SFCってなにやってるのかよくわからない感が否めないので。
だけどまずは、「普通」の生活。
「普通」とは、失われた人にしか重宝されないものであり、
「凡庸な日常」という概念のない人間にとっては、手の届かないようなぜいたく品である。
まあ、きっと大丈夫。
自分は運が強いから。
