こんにちは!ザクザクチョコザクローです!
2022年も僅かになりましたが、年越しの前にこれまた面白いストーリーを見つけたので考察していきます
今回紹介する作品は
『月の眼の緑/斉藤壮馬』
です!
こちらの作品は河出書房が12月22日に発売した紙媒体の文藝誌「スピン」に掲載されている短編です。他にも面白い作品がありましたが、まずはこちらを考察していきたいと思います。
作者は声優の斉藤壮馬さん。前回に引き続き短編を書かれていますが、今回もかなり面白かったです。
以下ネタバレ注意⬇️
まず、作品を読んだ僕の感想としては
難しい…、深いなあ
という感じですね。
前半の構成は恋愛小説チックなもので、主人公のユーリがえみちゃんに友情以上の感情を抱いてしまい、えみちゃんが「おそらく」恋してしまった佐久間先生に嫉妬して胸が苦しくなる、といった内容でした。
しかし、中盤で教師が生徒に手を出している描写があったりかなりドロドロした展開になるため、純愛小説を予期していた読者は途中で顔を顰めるかもしれません。僕は例のシーンでハラハラしてしまい、ユーリの気持ちを考えるとかなりキツかったですね笑
そして終盤。ここで明かされるのが先生だけでなく、ユーリも能力使いで、えみちゃんを操っていたという衝撃的事実です。読者の皆さんの中にも、なんじゃこりゃという感想を持った人は多いと思います。僕も最初はなんじゃこりゃ状態でしたし、最後のシーンがやけに美しい描写だったからこそ何故かスッキリしない感じでした。
しかし、このなんじゃこりゃ状態が読了後に多くの謎を引き連れてくるため、我々はもう一度最初から読んで謎を解き明かそうという衝動に駆られるわけです。
我々読者は恋愛小説からSF小説へと突然展開した、と初読の時点では思うわけですが、実はこの時点ですでに先入観という罠にかかってしまっており、重要なものを見落としてしまう危険性があります。
ミステリー小説を読む時、私たちはこれがミステリー小説であるということをあらかじめ知っている状態で読むので、読みながらどこかに伏線がないかを注意深く探しています。故に展開が予想できたり犯人を予想できたりするわけですが、それを知らされずに読む場合には多くの伏線を見落としがちになるのです。
私たちは、初読の段階で前半の恋愛小説部分に気を取られすぎて展開をある程度決めつけてしまうために展開が予期できず、散りばめられていた「異常性」に気づくことができませんでした。
ユーリ及び作者の手のひらで転がされていたというわけですね笑
さて。それではさっそく本文解説に行きたいと思いますが、まずはこのストーリーにおけるキーワードや文章を提示しておきたいと思います。
まずは、①眼や見つめるという動作。
佐久間先生の能力は眼を見るという動作がトリガーとなって作動すると終盤に書かれていましたが、眼に関する内容は実は冒頭部分から既に出てきているので要注意です。
次に②月について。
地球から見える月の形というのは毎晩変わりますが、月は単なる衛星で自ら光を発している訳ではなく恒星である太陽の光を受けているだけです。それを踏まえて本文でも頻出する月の形は何を表しているのか、月明かりがどういう作用をもたらすのかを考える必要があります。
そして、最後にこの③佐久間先生の言葉
『人間の感情というのは甘美なる毒ですね。』
いったいどういうことなのかは後ほど説明します。
ではまず①について。
見つめる動作=能力の作動条件であることに注目して冒頭部分を読んでみましょう。
P1
『…けれどきっと、その眼にまなざされたとき、全てが始まった。』
この場面ではユーリとえみちゃんが初めて会った時のことが書かれていて、初読の人には運命的な出会いという出来事に気を取られてしまうのですが、ユーリは佐久間先生と同じく能力者で佐久間先生の能力を見破ったためにユーリ自身もこの能力を使うことができると考えられます。
よってえみちゃんは、この時既にユーリの能力によって何かしらの影響を受けていた(操られていた)ということになりますね。
そうすると彼女がクラスに馴染めなかった点については、本人がクラスの雰囲気についていけず運動音痴で勉強ができないからというよりかは、彼女だけが元から全く【別の存在】であるということを示唆していたということにもなりそうですね。だから先生が来るまではえみちゃんはユーリを【真っ直ぐ見つめて】いたわけですし、ユーリのことなら【なんでもわかった】のでしょう。
P3下段 佐久間先生の自己紹介の場面
『その眼は、黒や濃い茶色ではなく、緑かかった灰色のような、不思議な色合いをしている。
心臓が大きく跳ね、反射的に顔を背けた。男の人にまじまじと見つめられた経験なんて、もちろんない』
ここで初めて、眼が緑であるというフレーズが出てきます。
そもそも眼が緑(グリーンアイ)というものはどういうことを表しているのでしょうか?
シェイクスピアの小説に出てくるオセローは、緑を
嫉妬の色であると表現していて、故にグリーンアイは魅力的な眼を意味すると考えられています。
つまり、ユーリにとっての佐久間先生は登場した時から嫉妬の象徴として描かれており、後の展開の伏線が張られていたことがわかります。
このストーリーはユーリ目線で描かれていて、他の生徒から先生の眼に対しての言及がないため、もしかするとユーリだけが先生の眼を緑であると認識していたのかもしれません。人間が眼で捉える世界は、人間同士の意見交換でのみ認識することができるので、えみちゃんからは違う色に見えていた可能性だってあります。
ここでタイトルが回収されたのではないか?と思われる方もいらっしゃると思いますが、これではまだ足りないので後ほど説明します。
後半部分
心臓が大きく跳ね、反射的に顔を背けたと書かれていますが、今まで男の人に見つめられたことがなかったからドキドキしてしまったという意味と、本能的な危険を感じて反射的に眼を逸らしたという意味があると思っています。反射という体の機能は無意識のうちに行われるものなので....。
P8上段 ユーリの心情描写
『どうして私だけじゃだめなの?どうして私以外の人に、そのきれいな眼を向けちゃうの』
ここら辺からだんだん怖くなってきますね笑
比喩表現として、目を向けるというのは気持ちを向けるという意味も含まれていると多くの人は考えるため、実際に眼の方向を変えるという意味には捉えられにくいという罠が仕掛けられています。
ユーリからすれば、私の眼だけを見てくれていたら私のものだったのに、佐久間先生に眼を向けてしまうなんて....という感じでしょうか。めちゃくちゃ怖え笑
しかし、残念ながらこの時点で既に佐久間先生はえみちゃんを手に入れてしまっており、穢れてしまっているため【きれいな眼】ではないんですよね。
このようにして物語のあらゆるところに眼に関する表現がたくさん出てきているので、2回目以降読む際にはどこにその表現が出てきているかに注目しつつなぜここでそれが使われているのかを考える必要があります。
次に②について。えみちゃんの眼の形が変化している場面をそれぞれ比較してみましょう。
冒頭部
P1下段
『にっこり笑った瞳はまるで三日月のようで』
P16下段
『蓋を開けると、二つの満月みたいな眼が私を見た。きれいなきれいな私だけの瞳』
えみちゃんが佐久間先生の手に堕ちる前と後で眼の形が変わっていますが、おそらくこの書評の冒頭部で説明した月の特徴と佐久間先生の能力の特性が関係しています。
えみちゃんが無垢の存在である時、眼の形は三日月で影の部分が多い状態です。ユーリは冒頭の描写と先生との戦いのシーンから影を使う存在、あるいは影そのものなのでえみちゃんの心にユーリが寄り添っていたという意味に捉えられるでしょう。
逆に佐久間先生によって不純になってしまったえみちゃんの眼は満月になっており、影は消えてしまっている。もうえみちゃんの心にユーリは存在していなかったということのように捉えられます。(だからこそ、最終場面でユーリはえみちゃんの中身を全て取り払い、ユーリ自信の影で満たすという行動を取らざるを得なかったのでしょう。要するに新月=死、もしくは生まれ変わりです)
一連の流れから読み解くと、
ユーリ=影
えみちゃん=月本体
先生=光
という感じになりそうですね。
あれ、あの悪魔みたいな先生が光ってどういうこと?
と思われる方もいらっしゃると思いますが、これからポイント③で考察していきます。
③の佐久間先生の言葉を読み解くには、文章内のある物語の意味を理解する必要があります。
P8下段
『果実の中に棲む小鬼の話はどうです。
やつらはそこでひっそりと、人間の指を待っている。差し込まれた爪の間から毒を注射して、少しだけ感情を悪い方へ導く。そうして、長い年月をかけて毒をたっぷり吸った人間が死ぬと、その肉を今度は小鬼が喰らうという寸法です。しかしその小鬼を果肉の中で殺し、極上のソースにする方法がある。どうするかというとね....』
この話を踏まえて、
『人間の感情というのは甘美なる毒ですね。』
というセリフへ繋がります。
佐久間先生は人間に毒を注射する小鬼を殺してソースにする立場。つまり人間の感情という毒を排除する役割なので、人間の感情を生成してしまう小鬼というのは、佐久間先生と対峙する人物、つまりユーリのことであるとわかります。
小鬼は果実という魅力的なものの中でひっそりと身を隠して果実に惹かれる人間が現れるのを待ちます。ユーリという人物は、表向きはユーリという暗い人格を持つ人間ですが、本体は佐久間先生同様の人外です。※えみちゃんがユーリに惹かれた理由については語られていませんが、えみちゃんが月を表す存在である以上影が必要となってきます。ですからえみちゃんは初めからユーリに惹かれる運命だったのではないかと推測されます。
ユーリに惹かれたえみちゃんはやり取りを通じてユーリの毒を受け入れてしまったために、【失うことへの恐怖】が生まれてしまう。そしてそれは【佐久間先生のような存在以外には誰にもコントロールできない。】だからこそ、失う恐怖から逃れるためにもえみちゃんは自ら先生を求めたのかもしれないし、ユーリのことをどうでもいいと言ったのかもしれません。
初読の時は佐久間先生のせいでえみちゃんがおかしくなってしまったと思った人は多いと思いますが、読みといていくとえみちゃんの言葉は本心からのものだったのではないか?とも思えるわけです。
そうでなければ、ユーリはえみちゃんを操ってまで『ずっと一緒にいるよ』と言わせる必要はなかったですし、そもそもえみちゃんを初めてあった時からずっと『見ている』必要もなかったわけです。
ここら辺めちゃくちゃつらいですね…
〇ユーリのしたことは間違いだったのか?
この答えについては、実は物語の舞台そのものがヒントになっているのではないかと考えています。
舞台はどこかの学校。
学校というのは大人から子どもが学びを得る場所であり、大人と子どもが対立する場所でもあります。
よってこの物語でも佐久間先生VSユーリ、鬼VS小鬼の構図ができていたわけですが、佐久間先生がユーリによって倒されてしまったその結果、ユーリの努力は水の泡になってしまい、願いは叶うことはありませんでした。
P16 上段
『彼女と共に成長し、老いて、最後まで過ごしたかった。友達でいたかった。ただそれだけだったのに。そのために毎日余計なものから遠ざけて大切に育てていたのに』
ユーリはあくまで、力を使わずに、相手を操らずに普通の人間としてえみちゃんとずっと一緒にいたかったと言っていますが、①で説明した通り、彼女と眼を合わせた瞬間からこの運命は決まっていたのであり、具体的な能力を使わずとも、見つめる行為、大切に育てようという行為がえみちゃんを束縛していたのです。しかし本人は自分の非を認めません。
P16上段、佐久間先生との対決にて
『でもまあ、…こちらにも落ち度があります。人間ごっこにかまかけて内気な少女として過ごすうちに、役が少し、私を侵食していたのかもしれません。もっと最初からこうしていればよかった。』
佐久間先生は、ユーリたちの年代では心がめまぐるしく変化するために、時間は一瞬で過ぎるし美しいまま形を保つことは難しいと言っていたにもかかわらず、その先生を初めから排除していればえみちゃんと一緒にずっと歩んでいけたと言っているのです。
先生のある意味での忠告とアドバイスを無視し、完全にえみちゃんを自分のものにしてしまった結果、えみちゃんは小鬼の物語同様に死んでしまい、ユーリの一部になってしまったのです。
つまり最後の棺の中でユーリとえみちゃんが語り合い笑い合うシーンは全てユーリの中で起きていることであると言っていいでしょう。ユーリは、えみちゃんが本心で「ずっと一緒にいよう」と言っているかも....と期待していますが、ユーリの中のえみちゃんなので当然ユーリの想像するえみちゃんしかそこにいないわけです。虚しすぎる。
◎まとめ、月の眼の緑って結局何だったのか◎
緑というのは先述の通り嫉妬を表す色です。
月の眼を持っているのはえみちゃんなので、ではえみちゃんも緑の眼を持っていたのではないか?と考えられるかもしれません。ユーリも人間のえみちゃんに嫉妬していたかもしれませんし、その説を検証することも可能です。
ところで、月というのはフランス語では女性名詞の扱いになっていたり、女性を表す言葉、もしくは関連性の高い言葉として度々使われることが多いです。
よって月の眼の緑を直訳すると、女性の嫉妬という大きなテーマを取り上げた物語になるわけです。
おまけ①
いつもユーリが誤ってしまうのはなぜか
えみちゃんと話す時、ほぼ毎回のようにユーリはありがとう、ではなくてごめんねと言ってしまいますが、えみちゃんのかける言葉がテンプレであるとしても、ユーリの答えはテンプレではないのに同じ答えが出てしまいます。
もちろん、自分に自信がなくていつも迷惑ばかりかけてしまうことに対しての謝罪の気持ちもあると思いますが、おそらくえみちゃんに同じセリフを言わせてしまっていること、あるいは一緒にいようとすることにどこか後ろめたい気持ちがあったからなのではないかと思います。
おまけ②
『それじゃあ、おやすみなさい』は誰のセリフ?
物語の一番最後の一文であるこのセリフは、鉤括弧がついていないので内なるセリフ、ユーリのセリフであると考えられますが、この舞台を見守っている誰かが二人にかけたセリフなのではないかと僕は個人的に思いました。(このセリフだけが改行されてひとページに載っていたので、物語の外側から二人に掛けられている言葉なのではないか?という推理です)
この世界の創造主であればロマンチックだなあという感じですね
【終】