少し時間を戻して、光くんが須磨・明石に流されていた頃、光くんがお世話をしていた女性達は、存亡の危機に立たされていました。

光くんは紫ちゃんだけは、キチンと財産の名義を書き換えて、生活に支障がないようにしていたんですが、他の女性のケアまでは手が回りませんでした。
紫ちゃんも愛人達の生活の面倒を見るほど、心が広くないので、ほったらかしでした。そのため、六条姉さん、藤壺姉さん、月子ちゃんは良いとしても、里美ちゃん、紅子ちゃんは生活が困窮していました。特に紅子ちゃんは、皇族の娘として育てられ、世渡りの術を知らないので、なおさらでした。

紅子ちゃん、親に作ってもらった立派な家具等があるのですが、プライドが邪魔して売れません。
屋敷を譲って欲しいと言う人もあるのですが、両親と暮らした家を出ていくことなど、考えもつかないのでした。

紅子ちゃんの親戚としては、僧侶になった変わり者の兄さんと、県知事夫人になった母方の叔母さんがいます。
兄さんは紅子ちゃんと同じく浮世離れしていて、経済観念はありません。一方、叔母さんは県知事夫人なので、お金持ちです。ただ、皇族から見れば県知事は相当低ランクなので、紅子ちゃんの両親は県知事夫人に納まった叔母さんを嫌って、親戚付き合いを絶っていました。

紅子ちゃんが両親を亡くし、光くんの流罪で頼る者がなくなった所で、紅子ちゃんをメイド同然に扱って、姉夫婦に復讐しようと目論みます。全くもって、ちっちゃいヤツです。

「紅子ちゃん、うちの家に来て、子供達の教育係をお願いできないかしら?子供達には生粋の京都人の教育を受けさせたいのよ〜」もちろん嘘っぱちです。叔母さんの家に行ったら最後、シンデレラ的生活が待っています。

ちなみに「シンデレラ」日本語で聞くと、素敵な響きですが、フランス語で「サンドリヨン」=「灰かぶり」と言う意味です。領主の娘でありながら、義母にメイド同然に炊事、洗濯、掃除をさせられ、灰まみれになっているのをからかったあだ名です。
「おちくぼ姫」はシンデレラと良く似たストーリーですが、同じく、床が一段低いおちくぼんだ部屋にいるのをからかったあだ名で、似たようなニュアンスです。


「私、引越しないので」
紅子ちゃんは極度の人見知りで、普段は小声なのですが、この台詞はキッパリ言うことになっていますので、叔母さんの提案を断ります。
それでも叔母さんは諦めません。

紅子ちゃんには幼いころから仕えてくれている腹心のメイドがいます。叔母さんがちょいちょい通ううちに一緒に来ていた、旦那側の甥っ子がメイドを気に入り、結婚してしまいます。

折しも、旦那の県知事の転勤で九州に行くことになった叔母さんは、これを期に紅子ちゃんを九州に連れて行こうとしますが、紅子ちゃんは断固拒否。一緒に九州に移る甥っ子の妻であるメイドを紅子ちゃんから引き離して、腹いせとしました。

紅子ちゃん、収入はない、腹心のメイドもいない、使用人もドンドン辞める、家は傷んで来ると、ないない尽くしですが、何とかするだけの才覚もありません。

光くんは3年間の刑期を終えて出所して来ましたが、女の自分からメールするのははしたないと思っている紅子ちゃんは、連絡も取らずに、ただ待っているだけでした。光くん、帰京以来、忙しいこともあって、紅子ちゃんのことはすっかり忘れているのでした。

ある日、仕事がオフなので、光くんは紫ちゃんに、恐る恐るお伺いを立てます。「あの〜、里美ちゃんの所に行ってきてもいいでしょうか?帰って来てから、挨拶もしてないし...」
里美ちゃんは自分よりも先に光くんと付き合い始めているので、焼き餅焼きの紫ちゃんもOKを出しました。

その道中、木々が生い茂ってジャングルの様になった荒れ果てた屋敷を通りかかります。
「あれ?ここって紅子ちゃん家じゃ?流石にこの様子だと引っ越しちゃったかな?」
惟光くんがジャングルを掻き分けて確認すると、果たして、紅子ちゃんはずっと、光くんを待ち続けていたのでした。

光くん、草露で濡れるのも構わず、中に入り、紅子ちゃんと久々の対面を果たしたのでした。とりあえずは言い訳として、「紅子ちゃんのことは忘れたこと無かったよ。でも、紅子ちゃんがメールもくれないから、嫌われたかと思ってさ。でも、我慢出来ずに来ちゃったよ」光くん、さすがです。口から出任せがスラスラ出ます。
このあばら屋に泊まる気はしなかったので、「じゃ、今日は仕事があるから、これで。今度、家の修理させて、差し入れを持ってこさせるよ」と、当初の予定通り、里美ちゃんの家に行ったのでした。

後日、約束通り、家の修理をさせ、生活のお世話も再開したのでした。

【教訓】紅子ちゃんは都イチのイケメンセレブをゲットする幸運の持ち主なので、大丈夫でしたが、普通は野垂れ死にします。これは自分達が死んだあとのことを考えてなかった親の教育が悪いのです。まずは生き抜く力を与えるのが、教育の本来の目的です。