よせば良いのに……。

 

 妻が餌付けした親子犬が店に常駐するようになった。

 私は日に何度か避妊手術した「地域猫」に餌をやりに行くのだが、近くに親子犬もいて

軽いバトルが猫と犬とで起こるようになった。

 私が猫優先を徹底しているのを理解しているのか

親子犬はじっと自分達の配給を待っている。

 

 かつては旦那犬とその仔犬家族で来ていたが今は母犬と一匹の息子犬の二匹だけが

くるようになった。

 母犬の腹は大きく出産間近なのは目視できた。

 

 少し経つと母犬のお腹がぺったんこになった。

 その前から「最近、野犬が多い」という苦情が

 自治会長である私にも直接、寄せられる事があり役場にその旨を伝えに行く。

 

 例えば野犬に噛まれた、とか実害が起きた場合に

 地域住民から苦情が寄せられていたにもかかわらず 

 役場に未報告だと責任は自治会長に集約される。

 責任逃れのような行動で、恥ずかしいが何かが起きた時、

 私一人では対処できないから役場に責任というボールを渡しに行く作業が自治会長には欠かせない。

 

 自治会長である私の元に集まった情報から母犬が出産した場所が特定できた。

 ある空き家の崩れた廃納屋? らしい。

 私と妻が確認しに行くと声が聞こえた。

 

 大三島で犬猫の保護活動をしている「木犀」さんと有志、市議会議員の方と協力と提案で

子犬を優先に保護する話合いを行った。

 崩れかけた廃屋から仔犬達はすでに別の場所に移動していた。

 だが廃屋から、か細い仔犬の鳴き声を「木犀」さんと妻が確認した! という。

どうやら一匹だけ脱出できなかったのか、犬社会の命の選別で見捨てられたのか

わからないが、他の仔犬は別の小屋にいるのにその声の

主だけは崩れた廃屋でか細い声をあげ続けている。

 猶予はない。

 雨が降る中夕刻は深く視界は狭くなる一方だ。

 どうする?

 翌朝。

 降り続ける雨の中

 私と妻で廃屋に閉じ込められた仔犬を救出しに向かった。

 その場所は我が家から歩いてすぐの場所にある。

 私は様々な道具を用意して向かった。

 無理なら有志に助力を願う安心感もあった。

 草を刈り廃屋(元は納屋?)の全貌が分かってきた。

 地面だと思って踏んだ足元が瓦であることに気付き

 私は後退する。

 柱が倒れて瓦解し屋根が地面に近い場所にあったのだ。

 妻は

「こっちだ!」

 と私を呼び、柱と柱の数十㎝の隙間に身体を這わせ始め

 鳴き声の元へ侵入する。

 かつてヨガインストラクターのセミナーを受けただけあって身体は柔らかく

 器用に隙間へ滑り込ませ廃屋の奥地へ進む。

 

 私は川口弘の探検隊のようなカメラアングルで

 妻の尻を追い、身体を伸ばしつつ、廃屋が崩れても支えになるような棒を天井にかます。

「あ~こりゃ駄目かも。ハエがたかっている」

 闇の中から妻が声を挙げつつ

 手を伸ばしている様子。

 「うけとって!」

 私が腕を伸ばし仔犬をキャッチする。

 受け取った仔犬は小さく(800gだった)目やにはあるが目視するに怪我もなかった。

 病院に連れて行くと衰弱はしているが命は別状なかった。

 後日保護した仔犬達は三キロ前後あったというから

 800㌘のワンコとは体格差は歴然だ。

 かつて保護したアッシュは200㌘だった。焼き肉で言えば二人前。

 800㌘といえばファミリーセットに値する総量だが生あるものとしては

 心許ない重さだ。

 

 800グラムのワンコを我が家で洗い

 身体を温めたのち「木犀」さんに保護されて

 里親を募集することになった。

 

 途中、近所の方と会う。

 

「自治会長の山崎です。地域住民(妻だが)より連絡があり野犬の捕獲(保護だが)を行いました」

 私は胸を張り報告した。

「あんらぁ、まぁ。ご苦労さまです」

 老婆は腰を折り頭を垂れた。

何のことやら分かってないだろうが

「自治会長」

の符号効果を発するのは確かだ。

 

 私のような下卑な男には「保護」という言葉はこそばゆい。

 偽善者と割り切れる自分には自治会長という立場もあり「捕獲」の方が相応しい。

 翌日からは残る四匹の捕獲を始めた。

 手始めとして餌付けだ。日に幾度も餌をやりに小屋に向かう。

 四匹いるがそれぞれ個性がある。

 なかでも人懐こい二匹は私のバイクの音が

 聞こえると小屋から出てきてはしゃぎだす。

 尻尾が千切れんばかりという表現がぴったりで

 私も目尻が下がる。

 はしゃぐテンションに足腰が追いつかず、転倒する姿がたまらなく愛おしい。

 餌を食べさせ各自の健康を確認し帰途につこうとすると

 人懐こい仔犬達は尻尾をワイパー全開の勢いで振り、私についくるのだ。

 私は怒号を仔犬に浴びせ手をしっしと払う。

「くるんじゃないい!」

v仔犬達は立ち止まり、小首をかしげて私をじっとみる。

 立ち去る私になおも彼らは

 息を切らせ無垢な瞳でついてこようとする。

この先は地域住民の生活圏で車の往来も激しい。

私はなおも彼らを威嚇するような声を挙げる。

数分前まで餌をくれた人間の急変に戸惑ったのは

仔犬達だろう。

バイクを停めた場所に小走りで行く途中

ドラえもんの映画で似たような

感涙シーンがあったよな。思い出す。

たしか恐竜の赤ちゃんを育て独り立ちさせるような

内容だった気がする。

「ついてくるなよぉ!」

のび太君の心境で私は手を払い背後に威嚇する。

 

振り返るともう、仔犬はいない。

安堵と寂しさが入り交じった感情で

廃屋を見やる。

 

役職や立場によって人は立ち位置が変わることはよくあることだ。

まぁこの歳になって「自分がない」という証左が露呈したに過ぎないだろう。

「木犀」さんの尽力、発信力によって

その後、保護した五匹のワンコ達は里親さんが見つかった。

 

「保護」という言葉は木犀さんのような方達が使うことが許される言葉である。

妻いわく木犀さんの至れり尽くせりの施しに比べたら、私のワンコの取り扱いはボロ雑巾を持つような手荒さに見えたらしい。

「まずは命を救う事が優先。愛でるのはその後だった」

弁明したが、やはり木犀さんで保護されたゲージの中、安心した顔で眠るワンコ達を見ると

妻の言い分も理解できる。

 

猟犬が放たれたままに野犬になったり、アウトドアで連れてきた愛犬が野犬になったり

ケースは様々だ。

「生殺与奪の権は自分にない」

とばかりに犬の本能に任せ交尾と出産を繰り返し

その後は放任する方も地域にはいるという。

 

地域猫のように避妊してその後は外飼いを

犬にも適用できないものか。

 

捕獲! したワンコ。可愛いなぁ。幸せに!