父親の葬式以来、約二十年逢っていない叔父が東京江東区の団地で死んだ。

八十三歳だった。

身寄りもなく孤独死だった、と知らせてきたUR団地の担当者は私に教えてくれた。

一月に発見されて解約手続きができず、九月の今も部屋はそのままで月々六万の家賃も継続中らしい。

そしてそれらの負債を相続人である私が負う責任があるという。

 

父が亡くなった時には住んでいた池袋から、丸の内に行き相続放棄の書類を整え親類一同にして貰ったが今回は叔父だ。

金はかかるが専門家に任せることにする。

相談した島の司法書士は財産があるかどうかを確認した方が良い、と助言してくれた。

事故物件となった東京の部屋に出行き、相続人ならば通帳や手紙を探し出して故人の財産を

調べる権利はあると司法書士は言う。

もしかしたら負債を上回る財産があるかもしれない。

トレジャーハンターの野心が小さく胸に灯る。

 

だがたまたま、妻が買った本が家にあり、めくってみると

霊感タレントさんの本だった。

そのタレントさんはTVの企画で孤独死した独居老人の部屋に行ったのが

きっかけで霊感に目覚めたという。

このタイミングでこの本を開いたことになにやら因縁めいたものを感じ

腰が引けた私の心は相続放棄に傾く。

 

約二十年、何の音沙汰もない甥っ子に財産をかすめ盗られたら

やはり良い気持ちではないだろう。

叔父の金の執着は凄かった。

 

東京に出てきた無職の叔父を父がしばらく自宅で居候させていた。

母はすでに他界しており、父は現場仕事で各地を飛び回り不在がちだった。

小学四年の時に錦糸公園内にある体育館で空手教室があり三歳年上の兄が通っていた。

私も通いたくて父に直訴すると金を叔父に預けておくから、と浮き足だつ私をなだめ地方に旅立った。

空手教室の時間になっても叔父はパチンコから帰ってこない。

やっと帰ってきたと思ったら長風呂に入り出した。

風呂越しに私は父から預かっている金の話をしたが、

強い大分弁と長らく居住していた名古屋弁が混ざり聞き取り不能だった。

叔父の財布を持って、叔父に一緒に来て欲しいと言うと風呂から出てきた叔父は激怒した

「ヒトの財布を勝手に触るんじゃない!」

手を挙げられ説教された。

空手教室から帰ってきた兄はこの光景をニタニタと眺めていた。

叔父が「こいつ、ワシの財布をいじくっとんじゃ」

「そりゃ、殴られて当選だな」

そんな会話をしていた。

父が叔父に預けていた金は入会金にはほど遠い金額であり

その金も叔父もパチンコですり、事情を知る兄も空手教室に

口を利いてくれることもせず、不用意な行いをした私を含め全員がクズだった。

 

金の執着が強いのは叔父だけでなく私もだった。

もし事故物件に足を踏み入れたなら

「貞子VS伽椰子」

のような凄まじい戦いになるだろう。

だが、しかし……

 

相続放棄に気持ちが傾いているが引っかかる思い出がある。

遙か昔に叔父が土地を買ったと父から聞いた。

「あの馬鹿。騙されたんだよ」

せせら笑った父だが数日後、今度は知人に

「あれはいい土地だ」

と真顔で語っていた。

 

相続人である私が叔父の居住していた区役所に行けば叔父の所有する不動産に関しては教えてくれるという。

その土地の確認だけでも東京へ行く価値があるのではないか?

 

悩む内に今度は福岡に住む義姉から電話があった。

私よりも数歳年上の義姉の所にも「相続人」のお知らせがつい先日来たという。

負債はあっても財産はないだろう、と相続放棄の方向で義姉と話は進んだが私は疑念を口にする。

例の土地のことだ。

父が良い土地だと唸った顔を思い出しながら義姉に尋ねた。

「え~」

義姉は素っ頓狂な声をあげた後、答えた。

「知らんのぉ? あの土地ならあんたのお父さんがとっくの昔に売り飛ばしたんよ」

「ええっ」とか「は」とか言葉を返せない私に義姉は再度

「ホントに知らんかったの?」

声を出して笑った。

クズには上がいるものだ。