今、借りて十年になるレモン畑の一つは国道から入った一番奥にある。

そのレモン園地の手前に昨年から雑草が伸び、放任と見受けられるレモン園地があった。

園主さん宅を訪ね聞いてみるとタッチの差で親戚筋が栽培することになったそうだ。

それから数ヶ月経つが草は相変わらず、伸び放題でなんの管理もしている様子がない。

 

柑橘農業界では「荒し作り」という最低限しか手間をかけない栽培法がある。

手を入れなくとも果樹は数年は実をつける。

収穫すると道の駅や通販で

「無農薬」の売り文句で売られていく。(有機JAS認証を受けている私からすれば釈然としない気持ちもあるが)

当然樹は弱り、年々枯れていくが、元々廃園にする園地だから誰も気にしない。

 

もう、辞めたのかと思い、その親類筋の方に聞いてみた。

「おう。わしゃ自然農法でやるんで!」

私がこぼした「荒し作り」の言葉に気分を害したのか、

「ターシャの森と言わんかい!」

高圧的な態度で私に言い切った。

七十は超えているがかつては「イケイケ」だったらしく

啖呵も迫力があった。

 

肥料もやらず剪定もせず、勿論草刈りもせずに栽培するのだと。

都会の人にはこれが一番、受けるのだ、と。

地元の方が引き続き、栽培されるなら地域にとってもベストなことだ、と

私も納得したが……。

それから約一年近くが経った。

今年一月の寒波でレモンの大半は枯死し猪に柵は破られ荒らされている。

自然農法ならぬ放任栽培だ。

奥のレモン畑に足を運ぶ度にその園地の草は伸びている。

春先までは車道に出た分くらいは刈ってあげていたが、夏の草の伸びは凄まじく手に負えない。

先日その園地に行くと台風と豪雨で二メートル以上伸びた雑草が狭い車道を覆っていた。

その園地を越えないとレモン畑に到着出来ないので徐行で通りすぎようとする。

私以外はその親類筋以外は誰も利用しない狭い道だ。

風で雑草がしなり避けようとハンドルをきった時、数年ぶりに

「脱輪」

してしまった。

まだ朝の六時半位で、近くのモータースに来てもらうのも気が引けるし

八時半からはリモンチェッロのボトリングの予定もある。

鉄板や石など組み合わせて約30分かけてようやく脱出できた。

疲れ果てたその日のボトリングはしんどかった。

 

身体中は疲労感に支配されているが腹の中は沸々と怒りの感情で煮えたぎる。

「おどれぇ! なぁにがターシャの森じゃ!」(「虎狼の血Level2」の影響で広島弁)

翌日昼、私はスクーターでその方の自宅側で張り込み帰宅を待った。

帰宅したその方に

私は農道を覆う雑草をスマートフォンの画面で見せて刈ってもらうよう直談判した。

もうサービスで草刈りする義理も手間もない。

その方いわく

「最近、体調崩していてなぁ……」

想定していた答えだったので

「私が作業員を手配するから日当を払ってください」

と具体的な金額を提示し、詰め寄ると頭を抱えて

「わしゃ今、目の病気なんよ。しんどうてのぅ」

興味はなかったが聞いてみる。

「なんの病気ですか?」

「若いあんたにゃ分からんじゃろうが目に注射打つんよ」

「! それって加齢黄斑変性じゃないですか」

「おう! それよ、それ」

その方の顔がぱっと明るくなる。

「僕も一年半前に同じ病気で病院で目に注射したんですよ!」

「え、ほうなんか!」

笑顔になった。おそらく私の顔も破顔していただろう。

聞くと同じ病院で処置も同じ先生だ。

瞳孔を開く点眼薬を打つために一回の注射の為に一週間の間、数回バスで通うこと(片道約1100円)

一回の注射代が数万すること(その方は高齢者だから一回二万位で済むが)月一で三ヶ月続けて打つのが基本。

視界が歪む辛さ、何より目に注射される恐怖など存分に語り合った。

私がこぼした

「握手したいくらいだ」

はお世辞ではなく本音だった。

脱輪した怒りにまかせた直談判だったが

今思えば相手の体調などの配慮に欠けていたと反省。

結局、その園地は私は私が引き継ぐことになった。草刈りも私とスタッフが行うことにした。

 

後日その方に手土産を持参し、改めて栽培の意志を私から伝えた。

元々の園主さんにも説明して許可をもらい後日、役所で農業委員会に提出する書類を手配する旨を伝える。

レモンは寒波にやられて復活まで時間はかかるだろうし、苗木に入れ替えるかもしれないがとりあえず着地できた。

 

妻に報告すると

小さな事実を重ねて海域を広げる中国の戦略を用いて

「サラミ・スライス戦術だね」と笑われた。

「せめて同病相憐れむと美談にしてくれ」

と私は返す。

 

元々は我が家ではコップの数を巡る争いでこの「サラミ・スライス戦術」なる言葉は用いていた。

私はワイン用、プロテイン用、その他と三つのコップスペースでやりくりしているのに

妻は子供と合わせて十五個分のスペースを使っている。

赤ワインを一口飲んで、やっぱり白にしよう、う~ん、やっぱり赤にしよう。

これで計三つのコップを使う妻。

私はいったいどこの貴族と結婚したのだろう?

洗い物は私の担当になっているが取決めをした覚えはない。

妻はあいたコップ置き場にはさらにコップを置き活動域を広げてくる。

気を抜くと私のコップは野菜クズ入れになっていることもある。

 

妻に悪意はない、と思いたい。

先日も目玉焼きを作ろうとする妻と話していたら

割った卵の中身を生ゴミ入れに落とし、殻をフライパンに入れようとした。

勿論、調理中に話しかけた私が悪いと責められ生卵は生ゴミ入れから救出し私が調理した。

緊張状態は続く