妻が接客中によく言う台詞がある。

「へぇ~スゴイ!なんでもできちゃうんですね!」

私はその一言に違和感を覚える。

その言い方、軽すぎないか?

時には私達夫婦がいかに要領悪く、特に私がどれだけ「不器用な男」かつながることもある。

 

 普通自動車、中型二輪の免許に加えてボクシングC級ライセンス。キックボクシングライセンス、

スキューバダイビング・レスキュー資格。ホームヘルパー二級。

 白状する。資格倒れは認めよう。

 でも不器用な私にはこれらの取得は大変な努力をした自負がある。

 多大な出費をかけた自覚もある。

 

 それらの資格を有し、最近では自分でも「人間離れ」が進んできたと思う。

 ある時は、家族の残飯を一手に引き受け、洗い物までする「ディスポーサー兼食洗器」

 ある時は、家の中で吐いた猫の汚物清掃のために徘徊する「ルンバ」

 財布の中身を確認せずに外出する妻専用のオートチャージ機能付き「ATM」

 最近では、寝そべる私の身体の上に子供が足をのせくつろぐ「オットマン」まで加わった。

 たぶん、「アレクサ」よりも使えてるんじゃないの?

 「人間離れ」……ボクシングをしている頃に言われてみたかったなぁ。

 「人間離れ」というよりも、人外の領域に足を踏み入れたといった方が近いかも。

 そんな私こそ「なんでもできちゃう人」だと思うのだが、こんなことがあった。

 

 近所の高齢の方によく頼まれ事をされる。

 庭の排水溝に溜まった落葉を掃除してくれ。

 ムカデを駆除してくれ。

 草刈りをしてくれ。

 雑務に始まり、携帯電話や小型家電の使い方を教えて欲しい、だの。

 労働系ならまだしも、携帯電話や器機の操作などに私はめっぽう疎い。

 おまけに頼まれ事のタイミングは早朝に多い。

 先日も朝の六時にチャイムが鳴りでると、その方が

 携帯電話とメモを手に

 「ここにかけたいんじゃが、つながらんのよ!」

 私に訴える。

 メモには市外局番が書いていないので市外局番をプッシュするよう伝え、問題は解決した。

 今回は私でも対処できたレベルだが、中には家電メーカーの説明書をネットで見ながら対応することもある。

 

 その方だけでなく、高齢になるとせっかちになるのか、即門即答、早期解決を望む方が多い。

 娘さん家族が近県に住んでいて、時折、帰省しているが

 遠くの身内より、近所の他人の方があてになるのだろう。

 

 ある日、その方の住む隣の空き家に飲食店を開業する予定の家族が引っ越してくることになった。

 リモーネには来たことがあるらしく、妻は面識があるようだが、私はその家族にお会いしたことがない。

 高齢の方も気になるらしく、道端で会った私に

 「どんな人なんじゃろ?」

 訊ねてきた。

 私は妻からの情報を横流しする。

 「自宅の一部を改装してレストランをやるみたいですよ」

 「ほぅ」

 空き家を見つめる老人の目にかすかな光が宿ったのを私は見逃さなかった。

 「若いから、馬力もあって力仕事もバンバンできるでしょうね」

 「若いんか」

 「ええ。若いからパソコンでもなんでもできちゃうと思います」

 一面識もないが駄目出しに言ってしまおう。

 「できないことはないんじゃないかな。スゴイ良い人らしいですよ」

「ほうか、ほうか」

舌を舐めずるような視線を空き家に這わすと、老人は意気揚々と去っていく。

その後ろ姿を見ながら、妻の

「なんでもできちゃう」

は自衛の言葉なのだと悟った。

「なんでもできちゃう」

言われた当の本人は妻の軽さを怒るでもなく、満足げにうなずいている風景を思い出すと同時に

なんだか、面倒くさそうな人物が多かったことにも気づく。

これでいいのだ。

手持ちのカードからジョーカーが消える安堵の予感。

この安堵がつかの間に終わらないことを祈りつつ

年齢も知らない、一面識もない、だがいずれご近所になる方には申し訳ないが、お隣様への引き継ぎを

兼ねた紹介を勝手にさせてもらったことをここに報告する。

 

しまい忘れま舌