誰だ!

そんな出だしで思い出す曲は「電気グルーブ」が一般的だが、私には遠藤ミチロウ率いる「ザ・スターリン」の「GOGOスターリン」

七夕に近いある日、息子を保育園に迎えにいくと短冊が飾られていた。

いかにも女の子らしい「パンがやけますように」や米津玄師が子供向けに作った曲「パプリカがじょうずにうたいたい」など

子供らしい願い事にほっこりする。

「にんじゃになれますように」

同じクラスのK君に会ったら「公安警察」を勧めてみようかな。

ある短冊に目がとまった。

「ざりがにになりたい」

おいおい。人間やめちゃうの?

名前を確認すると息子だった。

予兆はあった。

少し前に晩飯を終えた息子がつぶやいた。

「あ~あ。人生やり直したい」

五歳の息子に言わせてしまったのは親の責任かもしれない。

「やり直してどうしたい?」

恐る恐る訊ねる私に私に息子は即答した。

「ラッコになりたい」

あの晩、もっと突っ込んで話をすれば良かったのだろうか。

五歳児の闇に触れる恐怖に負けた私は沈黙を選び時をやり過ごした。

 

「アンタがリモーネだったんかい!」

五年くらい前は良く言われたが最近も言われるようになった。

スーパーで会った同じ組(町内会)のおばさんに

「ところで山崎さんのお仕事は?」

と聞かれた私は『自分で栽培した柑橘でお酒を始めとした様々な加工品を作ってます』

と説明したら、やたらと感心された後に

「ああ。あなたがリモーネだったのね」

納得していた。

 

別のある日。

台風が通過した翌朝のこと。

まだ風は強く農道の両脇に屹立する雑木がスタンディングオベーションのように

激しく揺れて私を迎える。

レッドカーペットを闊歩するスターの気分を味わい軽トラックでゆっくり園地へ進む。

折れた枝がないか等、園内を見回り、車に乗り込もうとした私に老夫婦が声をかけてきた。

隣の地区に住んでいて普段は来れないが、植えてある苗木が台風被害を受けていないか見回りにきたという。

「ところで、アンタはこの島の生まれか?」

ぶしつけな物言いだが、悪意はないのは伝わる。

否定すると

「NPOか、地域おこし協力隊か、ワイン造りのグループか?」

畳み掛けてくる。私は定型と文化した

「自分で栽培した柑橘でお酒を始めとした様々な加工品を作っています」

そう答えるとおっちゃんは眉をひそめた。

「おう。瀬戸(リモーネがある地区)の山崎みたいなことしちょるんか」

「私がその山崎です」

一瞬、バツが悪そうに視線を泳がせたおっちゃんだが

昔、私とどっかの園地でみかん収穫のバイトで一緒になったことがあると力説を始めた。

「山ちゃん。元気にやっとるようやね。テレビにも二回出たじゃろう」

旧知の仲を確認するように目を細めた。

テレビにでたのは二回以上だが否定せずに雑談に付き合い笑顔で別れた。

類似した出来事は初めてではない。

 

影が薄いというか、透明感のある存在というか、キャラが立っていないというか、愛想笑いで

擬態化しているというか、そもそも私自身が他人から見えている存在なのか。不安になる。

もしかして「ゴースト/大三島の幻」なのか?

だとしたら妻に無視される訳も合点がいく。

 

遠藤ミチロウはステージの上からこう唄った。

『おまえは帰るとこがない。だからここにいる。おれは行くべきところがない。だからここにいる』

 

息子が内包する精神世界は闇ではなく、天空から俯瞰する神の眼なのかもしれない。

人間はどこからきてどこへ行くのか?

上質な精神世界にたゆとう息子の鳥瞰から凡人の私はどう見えるのだろうか?

息子に聞いてみた。

「お父さんは何モノに見える?」

息子はテレビ画面の「鬼太郎」から目線そのままに一言。

「はなくそ」

やったね。

いただきました。

 

*先日も今治市にあるチェーンの寿司店で持ち帰りを

  頼んだら順番を飛ばされまくり45分くらい待たされた……。

 

                                        十代の頃、バンド仲間の部屋で。後のポスターが遠藤ミチロウ。昭和です。