建築設計事務所 所長アベベのブログ -3ページ目

建築設計事務所 所長アベベのブログ

建築設計事務所の所長が綴るよもやま話。
仕事・趣味・ニュースetc.

今日、事務所登録の更新をしてきました。5年毎で今回で3回目の更新です。まる15年が経ちま


した。あっという間のようにも思えるけれど、15年前の事を思い出すと、それなりの時間を感じる。


この先の15年は当然現役で頑張ってるとの願望があります。健康でいられれば問題ないはず。


「生涯現役!」建築家は皆そうです。元気なのに今年で仕事止めます、など聞いた事がない。


自分で会社を始めてから、病気で休んだ日は一日もないです、インフルエンザにも家族は掛かっ


ていても僕はうつらなかった。免疫力が高まったような気もします。それは仕事が嫌だと思わなく


なった事が一因なのだと思う。好きなお酒も喫煙も適度にするのはストレスを解放する良薬だと思


っている、それと運動する事は必要です。昨日も町内のソフトボールがあり、炎天下2試合をしまし


た。熱中症になりそうで、2試合目は途中交代してもらい、午後慰労会で熱い体を冷えたビールで


クールダウンしました。スポーツの後のビールは最高ですね!

新聞の一面はこのニュースです。40年以上も物理学者が探し求めていた素粒子ガ99.9998%


の確率で発見された。と言っており、ノーベル賞は確実のようです。


1960年代にヒッグス博士はその存在を提唱していたのが、現代の技術で実証された。


名前は知っていた、僕は雑誌「ニュートン」を宇宙ネタの特集は結構好きで読んでました。


日本では素粒子ニュートリノがなじみ深い、カミオカンデという観測装置が岐阜県神岡鉱山地下に


あり、ニュートリノが通過すると光を発する装置があります。今はスーパーカミオカンデに代替わり


しています。数ヶ月前、ニュートリノは光より早く動くという観測結果が報告され、アインシュタイン


の相対性理論がくつがえってしまう発表があったが、後に観測装置のアダプターの接続不良に


よる誤作動でしたと、お粗末な話がありました。


しかし目にも見えない程小さな陽子を、山手線くらいの周長約27kmの加速器で光速で衝突


させるって、どういうことなのだろう?またその衝突直後の写真が発表されていたけれど、どのよう


にして写したのだ?最先端の物理学は自分と同じ人間が成せる技の領域をはるかに超えてい


るとしか思えません。宇宙創造を再現したような事らしい、137億年前の。


137億光年の距離の天体を発見できたら、宇宙創造時の光景を今見ることが出来るという事。


まだ太陽系が出来る前の宇宙です。そんなふうに考えると不思議な事ばかり!


太陽もあと50億年経てば、超新星爆発で小さな白い星となってしまう事はほぼ確実のようで。


当然そのとき地球は存在しない。その前に人類はとっくに存在していないから憂いることは


ありません。いつ人類が存在しなくなるのかは今は誰にも判らなし、何が原因でそうなるのかも


誰も知らない。何千年後には解明されその日を待つなんて・・・それはいやですよね。



ここ一週間で、70位の芸能界の方々が三人他界されました。


今では早すぎるように感じます。皆さんいい味を持ったかたがたでした。


中でもザ・ピーナッツの伊藤エミさんは引退して37年もたっていたのです。


僕が昭和を感じるのは、毎週日曜日の夕方6:30からの「しゃぼんだまホリデー」


1960年代の未来が明るかった頃、夕飯食べながら観てたっけ。


当時は日曜日が唯一の休みの日でした。


クレージーキャッツとザ・ピーナッツが主演の歌あり笑いありの最高に楽しい番組でした。


エンディングではスタンダードナンバーの「スターダスト」をオリジナルでざ・ピーナッツが


うたって、最後にハナ肇が一言多い事を言って、ひじ鉄食らうのがパターンとなっていた。


音楽的にもレベルは高かった、あのハーモニーは未だにカラオケで「恋のバカンス」が


歌われている。確かアメリカのエド・サリバンショーにも出演した記憶がある・・・?


それは実力者のみ出演できる敷居の高いTV番組で、ビートルズもそこからアメリカデビューを


したのです。


伊藤エミさん、地井武男さん、小野ヤスシさんのご冥福をお祈りいたします。





今日で5月が終わってしまう。


一番好きな季節です。日本ははっきりとした四季があり、季節ごとの美しさがあるけれど


僕は一年中5月の気候でもいいなぁと思ってしまう。


日が長いのも、最高気温が20℃以上あって暖かく、夜は涼しく布団が気持ちいい。


最高にいい季節!


今日で5月が終わって欲しくないなぁ。と思ってしまうのです。

今日は日本の太平洋沿いの広範囲に渡って金環日食が観測されました。


仙台は完全な金環は見れなかったようです。日食観察グラスなかったので、やってはいけない


サングラスごしに太陽みたらまぶしいだけ。


日は射しているのに、だんだんと明るさが弱くなって、電灯点けてしまった。


不思議な感覚でしたね。今回のように広範囲に金環日食が見えたのは平安時代の1050年以来


との事!あーもう一生見れないのかと思ってたら、北海道で2030年に見られるとか。


また、テレビで見ましょう。


今日の事を、20年前ドリカムが歌ってたのは、僕は知らなかったな。その歌のように、指輪を


プレゼントするなんて、ロマンチックでカッコイイです。そんな立場だったら、それしたかもなーぁ。



当然のようにダルビッシュは好投しました。今日はストレートの調子が良くなかったが


それに直ぐ対応できるところが並ではないところ。


5試合目で初めて本塁打を打たれたけど、被本塁打率はかなり低いのでは。


僕の予想では、ダルは大活躍し、岩隈は大丈夫かなと思っていた。


まったくその通りになっているけど、岩隈はハートが弱いのかな。頑張っていいところ見せて欲しい。


今日は、松井秀樹がレイズと契約したとのニュースがあった。


その話は1週間以上前にあったのだけど、その後聞かなかったので大丈夫かと心配してた。


マイナーでの契約だけど、決まって良かったです。


2月にアメリカに渡り、今まで1人で練習していたらしいけど、普通できないよね、どれほど不安に


襲われたことか。そこはやはり「不動心」の松井秀樹らしいところ。


昨年の成績が過去最低だったことで、このようになってしまう、厳しい世界なんですね。


日本も厳しい世界なんでしょうが、これほどではないでしょう、年俸は1/10くらいだろうけど。


お金なんてまったく問題にしていないと思う。働く場が欲しかったのです。


37歳と若くはないけど、まだまだやれるでしょう。イチローと松井は真のプロフェッショナルだから。


体のケアと完璧に準備をするところは、大リーグでもいい手本になってるようです。


暑くなるころから大いに活躍してくれることでしょう。楽しみがまた一つできました。














仙台の桜もそろそろ終わりです、僕の住む泉区での事です。街中より4、5日遅いんです。


今朝、ワンコの散歩コースにある公園で桜が散りはじめ、その中を歩いた、もう散ってしまうのかと


毎年の事ながら一抹の寂しさを感じる。



建築設計事務所 所長アベベのブログ 建築設計事務所 所長アベベのブログ

ゴールデンウィークまで桜が咲いていたのは、今までなかった。本当に寒かったもんな。


10日ほど前、今年初めて芝刈り(ゴルフ)行ったけど、気温10℃前後で寒かった。


体は固まって、玉は飛ばないし散々でした。帰ってからマサージ受けに行きました、やれやれ!







4月2日、何をかくそう僕の誕生日なんです。こんな歳になったんだって言うのが感想ですかね。


長島監督が「はじめての還暦を迎えまして・・・」思い出すと笑っちゃう、受け狙いでないところがイイ。


ぼくもはじめて迎えました。明治時代の平均寿命より長生きしているんだ。


建築家はこれからが腕の見せどころ、村野藤吾先生は正にそんな生き方をされ94歳で亡くなられた。


その日も事務所で仕事をされて、家に帰って夜にベッドで休まれ、そのまま息を引き取られました。


村野藤吾の建築は、誰も超えられないと思ってしまうほどすばらしい。特に適度なスケールの建築に


いい物が多い。残念だが東北地方には建ってない。若い頃は大阪まで建物見に行ったけなー。


今はないけど、大阪の戎橋(エビスバシ)プランタンは良かった。近場にあったら毎日通ってただろう


喫茶店。村野先生に一歩でも近づけたらと思って、これからも精進していきたい!仕事では。


仙人ではないから遊びもするし、酒も煙草もやりますよ。それが元気の証です。

昨日のつづきで、山形美術館で他の美術館の情報等のコーナーがあります。


パンフレットが置いてあり、自由に持っていけます。そしたら、見つけてしまったのがこれです。

建築設計事務所 所長アベベのブログ


「信濃デッサン館」に立原道造記念展示室が新設されたというパンフを見つけ、もらってきました。


文学好きには、立原道造を知っている方おられるでしょうが、建築関係で彼の名を知っている人は、


ほとんどいないのではないかな。それは彼の設計した建物は実存していないからです。


立原道造は高校(現在の両国高校)時代から文学にいそしみ、同人誌を出したりしていた。


東大の建築学科へ進み、優秀な設計には、「辰野金吾賞」が贈られるが、立原は4年のうち


その賞を3回受賞しており、将来を期待され、卒業後に名門の石本建築事務所に入るが、肺を


患い24才で天折した。詩人・画家・建築家と多彩な分野で才能を示した。


ぼくは1978年に発行された「建築の一九三〇年代」という本で彼のことを知り、興味を持った。


彼に関する書物はあまり無く、「ユリイカ」という文革誌に立原を取り上げたのを見つけたくらいで


今ならインターネットで情報わかるけれど、当時は本屋を足で廻ったものです。


立原はロマンティストで、印象的な一言を覚えています。病床で見舞いにきた婚約者にだったかは


定かでないが「さわやかな5月の風を、ゼリーにして持ってきてください。」ぼくも一度言ってみたいな


と思わせたフレイズでした。




山形美術館へ行ってきました。イベントはやってないので、人もまばらでゆっくりと鑑賞できました。


常設で吉野石膏コレクション室があります、吉野石膏は建築関係者なら皆知っている、石膏ボードを


作っいる会社。今の建築ではほぼ全ての建物に使われている材料です。そこに展示されている作品


は「珠玉のフランス近代絵画」と唱はれているが、それはすごい内容で驚きました。


印象派のモネ、ルノワール、セザンヌ、ミレー、ゴッホも「白い花瓶のバラ」小品がありました。ピカソも


数点ありました。ぼくはアンリ・ルソーの「工場のある町」がとても気に入った。白の時代のユトリロも2点


あったかな。吉野石膏さんはすごい目利きです、すばらしいセンスで大満足しました。


帰りに昼ごはんで、山形と言えば「蕎麦」美術館の受付嬢に勧めてもらった店へ行きました。


腰のある手打ちで、決して硬すぎなくて、なかなか美味かった。




 これ1.5人前です、2人前いけたなぁー

建築設計事務所 所長アベベのブログ