著者:アンディ チャン

はじめに断っておくが、この記事を書くのは謝長廷の批判ではなく、妥協路線が失策であることを指摘し、早々と路線変更をしなければ勝てないのが明白だから書くのである。

立法委員の選挙が民進党の大敗となって、いろいろな批判や反省が紙面を賑わした。続いて陳水扁が引責辞職して謝長廷が党主席を引き継ぎ、三月の総統選挙に臨むこととなった。そこで謝長廷は本土意識路線をやめて従来の「和解共生」路線を和解共生といわず、「妥協路線」と称して選挙に臨むと宣言した。妥協にしろ、和解にしろ、この路線では勝ち目はない。理由はいたって明白である。

「妥協」とは両者の勢力が伯仲しているときに一方が持ち出すものか、或いは勝者が寛大を示して持ち出すものでしかない。敗者が和解、妥協を持ち出すのは降参であり、土下座してお慈悲を願うようなものである。

蒋系中国人は62年も台湾人を奴隷扱いしてきた。そのような傲慢な蒋系中国人が台湾人と和解するはずがない。8年前に民進党が選挙に勝って以来、蒋系中国人は復辟を目指して努力してきたのである。選挙で大勝したいま、妥協を申し込めば嘲笑されるだけだ。

これは台湾人が中国人の残忍な本質を理解していない証拠であり、あいまいな態度で選挙に臨んだことが敗因の一つでもある。中国人が妥協するなどありえない。仮に今回の選挙で民進党が勝者だったら、国民党の「妥協」に応ずるだろうか?簡単なことである。

●反省と同志の批判 選挙で予想外の大敗を喫した民進党はすぐ反省を始めた。敗戦の理由を論じた記事はいろいろあるので詳述しないが、大体において選挙に負けた理由は、?小選挙区制度、?投票率の低下、?比例代表制度、?経済その他、となっている。これらの理由はみんな民進党が推進した政策の間違いが失敗の根本をなしていることは前の記事(AC通信、No. 222)で詳述したが、今になってから理由を挙げても遅い。選挙で国民党が75%を制したいま、小選挙区制度の改革を求めるのは不可能である。

もっと驚いたのは反省と称して謝長廷派が本土派の批判をやったことで、敗戦の原因は本土意識の強調であるとし、蒋介石記念館を民主記念館と改正したこと、蒋介石の墓所を移すことに決定した事などの功労者、謝志偉・新聞局長、杜正勝・教育部長と荘国栄・主任秘書の三人を名指しで批判し、彼らの辞職を要求したことである。

この批判は著しく泛緑の読者を傷つけた。敗戦の結果を反省するのに、路線の違いを批判して陳水扁の部下の辞職を求めると言うのは愚劣そのもの。つまり今回の選挙で陳水扁の推進した本土意識派が責任を負わされて辞職し、謝長廷派は三月の選挙では妥協路線で行くと宣言し、あまつさえ本土路線をシャットアウトしたたわけだ。三人を名指しで批判したのは暗に陳水扁を批判したことである。謝長廷と陳水扁の水面下の葛藤がここで浮上したのだ。

●泛藍と泛緑の得票率 実際に敗戦の原因を探れば謝長廷の中間路線で失敗したのが明らかである。今回の選挙で失敗したのは「中間選民」が泛緑に投票しなかったことにあって本土派の責任ではない。一方で本土意識を高揚する運動があり、もう一方では謝長廷派の和解路線がある、これでは混乱する。 台湾の選挙は大別して泛藍と泛緑の二派の戦いであるが、中間派が選挙民の多数を占めていて、泛藍、泛緑、中間派の比率は3,3,4となるという。しかし中間派は完全に無色ではなく、浅藍、浅緑と区分けが出来るので、実際には泛藍3,2で泛緑3,2である。 2004年の選挙では泛藍と泛緑の得票数は殆ど同数で共に510万票ほどだった。今回の選挙では国民党の得票が503万票で民進党は369万票、つまり国民党票は減少しなかったが、民進党票は150万票ほど減少した。

これを謝長廷派は「本土意識を強調しすぎたのが間違い」と結論したが、それは完全な間違いである。もしも中間路線が功を奏しているなら泛藍票が減少するべきだが、国民党票は減少していない。つまりいくら中間路線を叫んでも泛藍票は動かないのに対し、泛緑票は本土派と中間派の「足の引っ張り合い」に嫌気が差した二割が投票しかなかったことが明白である。

●妥協派と本土派の葛藤 半年前から筆者が主張したように、泛緑派には民進党の緑のジャケットを着た本土派に混じって、空色(藍と緑の中間色)ジャケットを着た謝長廷派の人間がいた。選挙の旗色でさえこんなに違うのに選民は戸惑いと嫌悪を隠せない。もしも謝長廷の主張する「空色」の中間路線が浅藍の選民を動かせたら国民党の泛藍の得票は減少したはずだから、謝長廷の中間路線は失敗したと結論すべきである。

敗戦の結果として謝長廷派は本土派を締め出して妥協路線で総統選挙を戦うと宣言したが、中間路線では泛藍票を取れないし、失った泛緑票、150万票が戻ってくるとも思えない。党内批判で本土派を締め出した謝長廷派は自分の失策を反省できないばかりか、本土派に責任を押し付けたのである。このようなことで民進党が結束して謝長廷の主張する妥協路線を推進できるとは思えない。

●謝長廷が最大の敗因

謝長廷は「選挙に負ければ政治から引退する」と宣言したが、個人の引退で済むわけがない。選挙に負ければ馬英九が当選して国民党が台湾の政治を完全に掌握する、そして統一路線を歩むことになる。謝長廷個人の哲学と台湾人の将来を天秤に掛けるなどもっての外。選挙に負ければ謝長廷はどの面下げて台湾人に謝るのか。謝っても償えないではないか。 失敗は台湾の民主主義の30年の後退を意味する。謝長廷は台湾史に残る大罪人で、八つ裂きにしても罪は消えない。南宋の時代に岳飛は北宋を亡ぼした金と戦っていたが、南宋の宰相、秦檜が妥協路線を主張し、主戦派の岳飛親子は「莫須有(あらぬ)罪を着せられて」謀殺された。中国人は秦檜夫婦を永遠に許さない。

もう一つの実例を挙げよう。謝長廷は和解共生を人生哲学として個人の理想で選挙を推進しているが、民進党の内部葛藤すら和解が出来ない。選挙で大敗するとすぐに本土派の功労者に辞職を迫るなど、岳飛親子が謀殺されたと同じことをやったのである。和解共生とは嘘っぱちである。党内や民間支持者でさえ和解できない彼が、国民党や中国を話し合いとか和解すると大見得を切っても信じるべき実績がない。

謝長廷は数日前に「私が当選すれば馬英九を行政院長にする」と発表したが、これは降伏と同じで呆れて物が言えない。馬英九が行政院長になれば馬英九が当選したと同じく、立法院、行政院が国民党の支配下に入る。謝長廷が総統になる理由はない。 その次に謝長廷は民進党を追い出された許信良を表敬訪問した。また、陳水扁の腐敗を種に民進党を激しく攻撃した施明徳も訪問したが拒絶された。次に謝長廷は国民党を脱退した強硬派の新党の郁慕明を訪問した。民進党内部の葛藤を治める能力がないのに泛藍派に妥協を申し込むなど、泛緑派には秦檜の裏切りと思われるだけである。

謝長廷の失敗を実証するもう一つの証拠は、19日になって謝長廷派が糾弾した民進党の幹部、謝志偉、杜正勝、荘国栄の三人が辞職したことである。重要幹部が謝長廷と決別したので民進党の分裂は更に明らかになった。民進党から見放され、泛藍派から拒否されたのである。

●経済問題について

今回の敗戦の原因となった一つに経済問題が挙げられている。台湾の経済は空洞化している、馬英九は「民不聊生(人民は生きていけない)」と宣伝して勝った。そして馬英九はさらに、経済振興のために中国に進出すると宣言したのであった。馬英九の対中国経済政策とは、・台湾企業の中国進出、・中国人の台湾観光を解放、・民間航空業の解放の三つである。 中国進出が台湾の経済を潤すと言う理論は成り立たない。台湾が中国進出を始めて以来、台湾の経済は悪化したが、その理由は中国政府にある。台湾人の中国投資は金の持ち込みは許しても持ち出しは許さないのである。それでも台湾商人はいろいろな策を講じて、竹聯幇などの地下金融を使って儲けを持ち出している。

しかし台湾商人が持ち出した金は台湾に還流されないで国外に隠匿されている。つまり台湾の中国進出が経済を空洞化させただけで、台湾では雇用の減少が目立ち、経済が悪化の一途を辿ったのは中国進出のためである。しかも中国に進出した企業で儲かっているのは大企業だけで、中小企業はほとんど壊滅状態であるという報告もある。

それなのに謝長廷の打ち出した経済政策は馬英九のそれと似たり寄ったりで、お互いに利点を比べあって競争している。選挙で同じ政策を持ち出しても効果はない。台湾の経済が悪化したのは国民党の推進した中国開放政策であるとハッキリいうべきだ。台湾経済を好転させるためには国内企業と雇用を推進しなければならない。中国に頼れば経済がよくなるというのは大間違いである。

●経済政策とは中国の傘下に入る事ではない

中国は全力で台湾併呑を進めているのに、台湾が中国進出を止めないということ自体がおかしい話である。しかも中国投資の影響効果などの討論が一切なく、政府は最新技術の移転を許可するとか、しないとかで藍緑二派の候補が「掛け合い漫才」をやっているだから、アメリカが目を白黒させるのは当然である。中国は台湾人の投資は許可しても資金の持ち出しは禁止している。民進党の候補者が馬英九よりも乗り気になるとは気が狂っているとしか思えない。

一部の台湾人は中国投資が国内の経済悪化の結果を生んだことを苦々しく思っている。このまま行けば数年後には台湾の経済は中国経済の傘下に入って、中国なしには何も出来なくなる。つまり経済で台湾は併呑されてしまう。このことを真剣に検討するのが謝長廷の任務であろう。開放政策を宣伝して馬英九と「解放競争」をやってはならない。

●何故負けたか、何故負けるか

今回の選挙の惨敗ぶりをみると台湾人が大多数を占める国で何故このような負け方をしたのか、不思議で納得がいかない人が多い。直接の原因をみると小選挙区と政党代表の二票制度を導入した民進党の愚かさにあるのは明白で、小選挙区では買収が簡単だし、地元の親分が勝つのは明らかである。

しかし筆者は、根本的な原因は民進党が「選挙のために国の大本を忘れた」ことにあると断言する。台湾で最も重要な課題は「独立と統一の戦争」と「中国人と台湾人の戦い」である。別の見方から説明すると、台湾が併呑され滅亡するか、台湾が国として存続出来るかという事である。 ところが陳水扁は「民主選挙、二大政党制度」に熱中するあまり、「民進党と国民党の二大政党選挙」を強調しすぎて、本来は「国家存亡の選択」であるべき選挙を国民党と民進党の選択をする「選挙遊戯」とした。遊戯だから金銭で買収されても、「勝ち馬に賭けて」も痛痒を感じない。その結果として小政党は全滅、台聯党は潰れ、民進党も大敗を喫したのである。

選挙は実質的には「独立か併呑か」の戦いであり、台湾人と中国人の戦いであるのに、国民党の主張する「中国進出、種族差別」に押さえつけられ、これらの重要課題を主張できなかった。その反面で種族問題をタブーとした国民党は、逆に種族問題で原住民の6票と離党の2票を掌握し、経済問題と称して中国進出を台湾の救助政策のように宣伝してしまった。

中国が戦略的にも経済的にも台湾統一を進めているのに、選挙に臨んで「中国人も台湾人も同じである、国民党も民進党も同じである」と言えば、人民が金で買収されても、敵を認めない経済政策に目が眩んでも仕方がない。台湾の存亡を憂慮する、台湾存亡の危機感がなくなったのは国民党の謀略に乗った根本的な失策である。 三月の総統選挙で謝長廷が「政党合作」、「藍緑妥協」を打ち出せば、問題は更にアイマイになる。人民が本気で将来を憂慮する危機感がなければ、「妥協政策なら、どちらに投票しても同じ」と言った投げやりな無力感で投票しない人が出てくる。謝長廷が和解路線で行けば勝てない理由はここにある。