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白看採集帳

日々何気なく利用する道路に、ときどき古い標識が残っていたりします。
このブログでは「白看(しろかん)」と呼ばれる昭和25年から46年まで制定・設置されていた行き先を示す標識(「案内標識」)を中心に、道路上の特異点をぼちぼちとご紹介していきます。

20111023栃木県佐野市にて撮影
$zaicchanと道路
◯103-B「/古河」(オーバーハング式/テーパーポール吊り下げ/2点支持)
◯佐野市道(金下通り)×佐野市道(栃木県道9号佐野古河線旧道?)
◯栃木県佐野市金屋下町。ラーメンとアウトレットと田中正造が有名なこの町の住宅街にある
 こちらの白看。他に類を見ない一目見てわかる特徴は103-Bタイプでありながら、上段の欄が
 何も書かれずに空いていること。
 この白看が立っている道路は佐野市道(金下通り=金屋下町から由来?)。
 ポールにも設置者として「佐野市」のステッカーが貼られています。
$zaicchanと道路
◯また、交差道路も佐野市道なのですが、線形やおなじみ国土変遷アーカイブを参照しても、
 栃木県道9号佐野古河線の旧道と考えて間違いなさそうです。この県道は全国でも唯一、
 栃木県、群馬県、埼玉県、茨城県の4県を経由する道路として知られています。
 県道認定は1962(昭和37年)8月。
◯そう考えると、下段が「古河」というのは納得いきます。ただ上段は何か表示されていたのか、
 表示される予定で書き込まれず現在に至っているのか。謎です。

◯全景はこちら
$zaicchanと道路

国土変遷アーカイブで見る周囲の変遷
1963(昭和38)年(佐野古河線の県道認定まもない頃)
$zaicchanと道路

1975(昭和50)年(12年後ですが周囲の様子はあまり変化がありません)
$zaicchanと道路

1985(昭和60)年
(この写真は少し範囲を広く取っていますが、画面右側、南北を走る新道が完成している)
$zaicchanと道路

・そして現在。場所はこちら。

20120219千葉県銚子市にて撮影
$zaicchanと道路
◯103-B「銚子/旭」(オーバーハング式/テーパーポール吊り下げ/2点支持)
◯銚子市道(国道356号線旧道×千葉県道71号銚子旭線)
◯銚子市野尻町。成田線の椎柴駅近くにこの白看はある。この白看が立つ路線は、現在は市道だが
 かつては並行しては知る国道356号線の旧道である。356号は1975(昭和50)年に国道昇格、
 それまでは「県道銚子佐原線」という路線だったそう。ちなみにwikipediaでは
 1965年の制定となっているが、前後の国道番号の制定年が1975年ということを考えれば、
 おそらく誤植だろう。
 標識が示す旭方面は、千葉県道71号線銚子旭線。1955(昭和30)年に制定されている。
◯この白看の特徴は、その状態の良さ。多少のサビも見られるが、テーパーポールも白く、
 何より標識面の文字、矢印に色の欠けがない点がたいへん貴重である。

◯全景はこちら
zaicchanと道路

◯裏面はこんな感じ
$zaicchanと道路

国土変遷アーカイブで見る周囲の変遷
1963(昭和38)年(右下が椎柴駅。現国道のバイパスはまだない。)
zaicchanと道路

1975(昭和50)年(12年後。国道制定直前。既にバイパスが完成している。)
zaicchanと道路

・そして現在の地図


20101121福島県小野町にて撮影
zaicchanと道路
◯103-B「平/勿来」(複柱式)
◯福島県道41号小野四倉線×小野町道?
◯再び小野町。こちらは小野新町駅前の103-Bです。勿来方面は町道を経て国道349号線に
 出ることが出来ます。こちらは日陰になることが多いのか、矢印の赤色塗料もしっかり
 残っています。ちなみに1966(昭和41)年のいわき市誕生までは「平」も「勿来」も
 それぞれ独立した「市」でした。

◯全景はこちら
$zaicchanと道路

◯裏面
zaicchanと道路

◯場所はこちら↓


◯おまけ「小野新町駅」
$zaicchanと道路
・小野新町駅は1915(大正4)年3月に開業。小野新町とはなんだか変わった名前だが、
 明治29年7月、小野新町村が町制を施行、小野新町(小野新町町ではない)となったその名残。
 なお、小野新町は1955(昭和30)年2月に周辺2村と合併し、小野町となっている。
20101121福島県小野町にて撮影
$zaicchanと道路

◯103-B「小野/勿来」(複柱式)
◯福島県道41号小野四倉線×福島県道286号鴇子夏井停車場線
◯ここは中通り、小野小町の生誕伝説があることで有名な小野町。
 町の中心部から南東、いわき市側に向けて走る県道41号線と一般県道286号線の交差点近くに
 この白看はありました。シンプルな複柱式ですが、「小野」の「小」のタイポグラフィなどが
 時代を感じさせます。
 二桁県道ではなく、三桁一般県道との交点に白看が設置されているのは珍しい感じがしますが、
 おそらく国道349号、国道49号を利用した勿来方面のショートカット路の意味で設置されたのかも
 しれません。ちなみに「鴇子」は「とうのこ」と読み、隣の平田村東部の地名。

◯全景はこちら
$zaicchanと道路

◯場所はこちら↓

20101121福島県いわき市にて撮影
$zaicchanと道路
◯103-B「平/小野」(鋼管柱吊り下げ式・2点支持)
◯いわき市道(旧国道349号線)×福島県道20号いわき上三坂小野線(旧国道49号線)
◯白看を見たいなら今すぐにでも腰を上げなければいけない。
 この「上三坂」の白看は道路趣味者には有名で、かつては交差点の4方向すべてに白看が
 存在したのですが、いまは何故かこちらの一枚。ここ3-4年の間になくなってしまったようです。
◯いわき市を南北に走る旧国道49号線は、長沢峠旧道を通過した後、現道の福島県道20号と合流、
 三和町上三坂地区で、国道349号線と交差し、郡山市方面に進んでいきます。
 (現道の国道49号はもう少し北で交差しています)
 その交差点、国道349号旧道側に残っているこちら。よく見ると平方面が東行きが西行きに
 修正されています。これは前述の長沢峠の道が新道に切り替えられたときに修正されたものと
 思われます。

◯全景はこちら↓
$zaicchanと道路

◯場所はこちら↓

20101121福島県いわき市にて撮影
$zaicchanと道路
◯106「国道49号線」
◯いわき市道(旧国道49号線)×福島県道20号いわき上三坂線(いわき市三和町上三坂)
◯いわき市から新潟市まで、東北地方を東西に横断する国道49号線。
 国道としては1953(昭和28)年5月に二級国道115号新潟平線として指定されたのがはじまりで、
 1963(昭和38)年4月に一級国道に昇格、番号が49に振り替えられました。
◯さて、道路趣味者からは「焼きおにぎり」と呼ばれる茶色く錆びたこの国道番号標識は、
 いわき市の西の端、1966(昭和41)年まで存在した旧三和村の上三坂地区に存在します。
 この区間の国道49号線は、現在、標高570mの新長坂峠を経由するルートに改良されていますが、
 少なくとも国道制定後しばらくは、現道の南側にある、標高610mの長沢峠を経由するルートを
 取っていました。この「長沢峠旧道」はこのような焼きおにぎりが多数残っていることで
 有名です。この物件もその一つですが、標識面が小振りなことと、数字のフォント、字間などから
 これが古いタイプのものだと判断できます。

◯全景はこちら↓(路面から離れたところに立っていることに注目)
$zaicchanと道路

◯場所はこちら↓
ブログ開始からおよそ1年。あまり更新は出来ていませんが、そこそこの数の白看がたまってきました。
これが地図上で一覧できたら良いなと思い、写真と、該当記事のリンクをgoogle map上で対応させるようにしました。

紹介した物件は赤のピン、未紹介で探索済みのものは青のピン、調査待ちのものは黄色のピンで表しています。(随時更新しようと思います)


地図はこちら↓

より大きな地図で 「zaicchanと道路」で紹介した白看の場所 を表示
20101121福島県いわき市にて撮影

1年前のちょうど今頃、白看を探しに福島県いわき市を快走していると、こんな標識を見つけました。
$zaicchanと道路

◯その他「地下横断歩道」
◯福島県道56号常磐勿来線(いわき市植田町 鮫川橋北側たもと)
◯いわき市南部、旧勿来市を東西に流れる鮫川にかかる鮫川橋のたもとで発見されたこの標識。
 フォーマットも経年変化の様子もすべて白看そのもの。
 この県道56号のこの区間は、下流に昭和48年1月に鮫川大橋が完成するまで国道6号線に
 指定されていました。いま以上に交通量が多かったと思われる当時、鮫川橋をアンダーパスする形で
 歩道が通されていたようです。ちょっと行ってみました。

$zaicchanと道路
◯「地下歩道」となっていますが、全然地下ではないです。階段の上にあるのがこの標識の裏側です。

$zaicchanと道路
◯そして鮫川橋の下に潜ると…あれ、行き止まり。。そして草ぼうぼう。
 それも、この鮫川橋の下流側で新橋が建設中。平成17年に起工され、この写真を撮ったときは
 まだ共用していませんでしたが、今は車道が完成しているようです。
 

$zaicchanと道路
◯なお、この鮫川橋は昭和14年6月に竣工。鮫川に架かる最初の永久橋だったそうです。

◯場所はこちら↓


20091123鹿児島県南大隅町にて撮影

$zaicchanと道路
◯103-B変「外ノ浦/佐多岬」
◯鹿児島県道68号鹿屋吾平佐多線(南大隅町佐多馬籠)
◯撮影が夜になってしまったおそらく九州最南端にある白看。ただし地名のアルファベット併記がない
 変種タイプです。「外ノ浦」はこの先にある集落、「佐多岬」は言わずと知れた九州の最南端。
 1960年代に観光地としての開発が進み、1963(昭和38)年に「佐多岬ロードパーク」として
 岬の展望台前の駐車場まで有料道路として開通しました。
 また佐多岬ロードパークに並行して県道566号佐多岬公園線が走っており、
 岬の手前にある田尻集落まで通じています。
 雰囲気からして白看現役時代以降に、鹿児島県が設置した白看の亜種ということなのでしょうか。
◯全景はこちら↓
$zaicchanと道路

◯場所はこちら↓




20111010長野県松本市にて撮影

$zaicchanと道路
◯長野県オリジナル警戒標識?「注意 巾員狭い」
◯国道158号線(長野県松本市安曇)安房峠旧道
◯先日ご紹介した「巾員狭い」の標識。先日もう一つ見つけてしまいました。場所は長野県松本市。
 長野県と岐阜県の県境である安房峠に至る国道158号線、上高地との分岐である中の湯を越え、
 山を登り始める九十九折れの入り口に立っていました。
 現在は1997(平成9)年に開通した安房峠道路の安房峠トンネルで通年通行が可能になりましたが、
 かつては冬期の半年間は通行止めになる難所でした。
 安房峠越えの道路はすでに大正時代から存在したようですが、車の通行が可能になったのは
 1938(昭和13)年に行われた拡幅以降とのこと。国道指定は1965(昭和40)年。
 バイパスは完成していますが現在も引き続き国道指定されています。
◯この標識、十石峠のものと全く同じデザインです。またこの場所よりもっと松本市内寄りの
 坂巻温泉周辺の旧道にもこの標識が存在しているとのこと。その付近の新道の橋梁の竣工年が
 昭和50年代前半なので、少なくとも昭和40年代にはこの標識が存在した、
 と言えるのではないでしょうか。
◯全景はこちら↓
$zaicchanと道路

◯場所はこちら↓