「NSAIDsは実は鎮痛薬ではない」という投稿がありました
患者さんから「痛み止めが欲しい」と頼まれたときに、ロキソプロフェンを処方しています



ロキソプロフェン、ジクロフェナク、セレコキシブなどはいわゆる「非ステロイド性消炎・鎮痛薬」と言われています
しかし、これらの薬は慢性の痛みの多くには効くはずがないのです。なぜならば、これらは実は鎮痛薬ではないからです。

 上ではひっかけでわざと「消炎・鎮痛薬」と書きましたが、英語での分類名はNon-Steroidal Anti-Inflammatory Drugs:NSAIDsです。直訳して「非ステロイド性抗炎症薬」であり、鎮痛(analgesia)という意味は入っていません。

 組織が損傷を受けると細胞膜にあるリン脂質はアラキドン酸に変わり、さらにアラキドン酸カスケードという一連の化学反応が起こります。そのアラキドン酸カスケードで合成されるプロスタグランジン類が組織の炎症を起こし、痛みを生じさせます。NSAIDsはアラキドン酸カスケードの途中のシクロオキシゲナーゼ(COX)を阻害することで、プロスタグランジン類の合成を抑制し、それによって痛みを軽減するわけです。したがって、炎症反応が起きていない(≒組織が損傷を受けていない)場合には、NSAIDsが理論的に有効なはずはありません。そして、ほとんどの慢性痛の場合には組織に炎症反応はないのです。慢性の肩こりや腰痛症で、痛み以外の炎症の症状(発赤、熱感、腫脹など)は見られませんし、白血球数の増加やCRPの上昇もありません。

慢性痛にNSAIDsが効いたとしたら…

 「理論的にはそうだろうが、実際に慢性痛患者さんにNSAIDsを処方すると有効なことも多いけど?」といった疑問を持たれる方も多いでしょう。その場合の可能性は三つあります。
 まず、プラセボ効果です。プラセボ効果は一般の方にもよく知られていますが、特に痛みについては、私たち臨床家の想像以上の有効性を示すこともあります。
 次に、平均への回帰(Regression to the Mean)です。これは「極端な結果は、試行回数を増やすと平均的な値に収束していく」という統計的な現象です。慢性痛といっても、ずっと同じ程度の痛みが続いている訳ではありません。痛みは様々な要素(天候、睡眠時間、職場のストレスなど)の影響を受けて、常に酷くなったり楽になったりしています。そして、患者さんが痛みのために医療者を受診したり、鎮痛薬を飲んだりするのは、たいてい痛みが酷くなってこれ以上我慢できなくなったときです。しかし、実は多くの場合、もうしばらく時間がたつと、痛みは自然に平均的な痛みの強さに戻っていくのです。ただ、患者さんにしてみれば、医療者を受診し、鎮痛薬を飲んだために痛みが軽減した、と感じても仕方ありません。

 三つ目の可能性は、実際に組織の傷害や炎症が隠れている場合です。例えば、慢性の腰痛症を持つ患者さんがギックリ腰になった場合(慢性痛の急性増悪)には、アラキドン酸カスケードが働いているため、NSAIDsが有効となります。

NSAIDsの効果があった場合に注意すべきこと

 一方で、一見したところ組織の傷害や炎症はないように見え、かといって、プラセボ効果でも平均への回帰でもなさそうで、それでも妙にNSAIDsの効果がある場合には、十分に注意する必要があります。プラセボ効果や平均への回帰を見分けるのは難しいことも多いですが、薬理学的にありえないこと――例えば、ロキソプロフェンだったら、「服用したら5分もしないで効いてきた」、「一度服用すると一日中効果がある」、「ロキソプロフェンはよく効くがジクロフェナクはほとんど効かない」など――を患者さんが報告する場合があり、区別がつくこともあります。

 妙にNSAIDsの効果がある場合に十分に注意する必要があるのは、内臓レベルでの組織の傷害や炎症の症状が隠れていることがあるからです。「慢性の腰背部痛だと思っていたら実は膵臓がんからくる関連痛だった」、「慢性の胸背部痛とされていたものが結核による胸膜炎だった」などという例を個人的に経験したことがあります。怪しいと思ったら、血液検査や画像検査を躊躇なく行うべきです。