夫「今日も昇るね。朝陽。」

妻「だね。」

※昨日朝の沖縄やんばる宜野座村

妻「そういえば、息子の上履きを新しく買ってきて履かせてるけど、ちょっと足の甲に異物感があるようで、気にしてるな」

夫「ほほう」

妻「ちょっと様子見するよ」

夫「ほう」

妻「バーガーキング食べたい気分だ」

夫「ほほう」

妻「いや、なんでもない」

夫「ほう。そういえば、ごんぎつねって、死ぬとき、うんってうなずくんだね。兵十(ひょうじゅう)が、ごん、お前だったのか。って言ったときにうなずくとはね。」

妻「それあたい許せないんだよね。カリウストロの城も、最後に「はい!」って言うんだよなー。あれって、なんなんだよ。」

夫「笑」


...


銭形警部「くっそールパンめ、まんまと逃げおって!」

姫「いえ、あのかたは何も盗らなかったわ。わたしを助けてくださったの」

銭形警部「いやぁ、ヤツぁとんでもないものを盗んでいきました!」

銭形警部「あなたのこころです」

姫「はいっ」


(セリフはだいたいの記憶です。ご了承を。)
....


エンドロール。


...


っておい。待てや。

なんで「はいっ」て言うの?そこは黙ってなさいよ。そのほうが美しいじゃん。

ごんも、兵十に打たれたあと、火縄銃からけむりが上がる雰囲気でエンドロールなんだから、うなずかなくてもいいじゃない。


ん?って少しなるんですよ。

でもね、しかしそこは新美南吉、なんとこの作品を18歳で書いています。ヤツぁとんでもない作家です。ごんに人格を与え、虚しさをより際立たせるためにそうしたのかも知れない。

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でもなんと原案では、ごんはうなずく設定は無く、うれしそうに笑うというものだったそうです。

いろいろ考えさせられます。

戦争へ突き進むあの時代のなかを生きた新美南吉。実母との別離もある。

そんな彼が描く、ちょっとしたことですれ違ってしまう切なさ。人間の恐ろしさ。

素晴らしい感性で書かれている。

新美南吉も、カリウストロの宮崎駿も、今日は出てこないけど高畑勲も、みんなスゴい。

次は高畑勲のことも書きたい。アニメ赤毛のアンとか。


「赤い鳥」昭和7年1月号なので、昭和6年には書いているということ。18歳って。しかも彼は30歳で結核によって死んでいる。


※冒頭の夫婦は、我が家の逆設定。妻が夫で、夫が妻なのでございます。