教本・3/心地よさの追求


 「〔気功&ふぁんそんテクニック〕は禅である」と僕は書いた。
 しかし、「厳しい修行である」と書いてはいない。
 何故ならば、〔気功&ふぁんそんテクニック〕の習練は心地よく楽しい習練だからである。
 〔気の感覚〕も〔ふぁんそんの感覚〕も、固まっていたやわらかなスポンジが、ふわーっと膨れ、隙間だらけの小さな穴に、温かな空気が染みこんでくるように体内が緩み、温かくなってくる感覚を体感し、その感覚に没頭していく訳だから、その感覚は、日常の中で、もっと言えば、人生の中で体験したこともない〔得も言われぬ心地よさ〕なのだ。
 〔気功&ふぁんそんテクニック〕の最初の習練である〔緩〕の習練から、この心地よさの感覚は体感できる。
 そして、大事なことは、その後の気功の習練であれ、〔ふぁんそんテクニック〕の習練であれ、常に、この〔心地よさの体感〕を追求していくことなのだ。
 〔気功&ふぁんそんテクニック〕は、〔心地よい感覚〕の習練なのである。