昔々あるところに、見込みのあるお坊さんがいました。
そのお坊さんを気に入ったおばあさんが、10年の間、食事とか生活の世話をして修行させてあげました。
ある日のこと
そろそろいいかなと思ったおばあさんは「今の心境はどうですか?」
と聞いてみました。

お坊さんが答えて曰く
「心静かなこと、明鏡止水が如し」
と、答えたそうです。

おばあさんは、かんかんに怒って「こんな俗物を10年も養っていたのか」と、その日のうちにそのお坊さんをたたき出してしまいました。

なぜだかわかります?

私は長い間解りませんでした。…10年くらい解らなかったかな(笑)


この世界は物や、生き物が、ずっと同じ形でいられることは不可能な世界です。
花も木も森も山もいえもビルも、人も皆同じです。

同じように本来水は、形を定めず、一か所にとどまらないものなのです。
四角い器に入れば四角に、丸い器に入れば丸く、
これを「水は方円の器に従う」と、言いますよね。

明鏡止水とは、揚子江のような大河にあって鏡のような水面で、止まって見えるようでも、
実は、とんでもない勢いで水が入れ替わっていることを言います。
池であっても入れ替わっていることには変わりがありませんね。

人間の世界でも、お坊さんであっても、俗人であっても、恋をすれば、愛もある。
フラれて、失意のどん底に沈む時もあるだろう。
たまには、うれしいことだってあるよ。
心が、いろいろ変化しているのです。

それでも、人間と生れてきた以上は、人間として悩んだり苦しんだりしながら、明鏡止水のように平然と生きていくのが正しい生き方なんだ。

どれだけ波乱万丈に流れてきても、水は水として流れて行くのだ。

というのが、明鏡止水の意味なんだそうです。


それを、10年何の苦労もなく、食わせてもらっておいて、修行してきて、心静かに明鏡止水とは悟りとは程遠い世界ですね。