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sinobuがなんかgdgd描いてるブログ

このブログは、
大学生活で新たな目標を見つけた
時松シノブの一大抒情詩である・・・・。

 ゆ っ く り し て い っ て ね w

ネチケット、というもはや死語になりかけている言葉がある。

もちろんネットワークも公共空間同然、礼節ある行動をとらなければならないし、そうでない人間を排除するのは当たり前である。

軽はずみな言動は叩かれるし、度が過ぎれば信用を失う、法で裁かれる。

子供でもそれは例外じゃない。

形式だけでも少年法があり、刑罰を受けることがあるのなら子供もネチケットを大事にしなければいけない。

無論分かってインターネットを使う人間が殆どだ。


だが悲しいかな、世間は「一部の愚者」を全体と見てしまうことがある。

"「悪ガキ」が居ればその周囲のガキも悪い" こんな馬鹿げた視点がまかり通る。

そもそもこんなこと言ってる世代がチャHに耽っていた奴らではなかろうか。

流石にほぼ全ての機能を規制するのはやりすぎだと私は考える。

「一部の愚者」だけを見てはいけない。"まともなU-15ユーザ"への不利益をもう少し配慮してやってもいいのではないだろうか?

遠方の友人との気軽なチャットに使う人間もいる。

卒業生同士の旗印にコミュを開設し集まる人々もいる。(この人々は後々Facebookなりに鞍替えするだろうが)


友人同士の訪問機能を復活させるのはどうだろうか。

オープンなルームでの不適切な発言が許せないならせめてクローズな空間を残してあげたらどうだろう。

大した問題は起きない。なおかつ友人同士の縁も切れない。

こういったポジティブな解決法もあると考える。


厳しすぎるネチケットはネットの機能を欠いてしまう。

厳しすぎる統制はいつか反乱の種となる(現に「被害者」達の間でF5爆撃の提案が回っている)。

もっと積極的な打開案を考えてもらいたい。
誰のせいでもない、自分のせいのはずなのに。

或いは自分が自ら選んだ道のはずなのに。

訳分からなくて憤って嘆いて投げ捨てそうになる。

人はそれを弁護してくれない。

かといって即首を切られる訳でもない。


飼い殺される。今の状態に、仕事に、趣味に。


自分の為の行為がいつの間にか他人に見栄張るだけになってしまう。

自分の成長の為の仕事がただ金を稼ぐ行為に変質してしまう。

自分が好きな事が他人と付き合う為のツールに成り下がる。

自分は何をやりたいのか。見失いかけている。
生きていくのはどんなに恵まれた人間でも辛いことだ。

どんなに才知ある人間でも難しいことだ。

どんなに意欲ある人でも苦しいものだ。

だからこそ、時々全部放り出してみたくなる。

だが放り出したらそこで負ける。

寿命が決まってるならそれを全うするのがこのクソゲーのクリア条件だろう。


みすぼらしくてもいい。

蔑まれてもいい。

生きたもの勝ち。


THERE IS ONLY ONE RULE IN LIFE - SURVIVE