2026/2/4(水)〜13(金)戦没者遺族の代表として、厚労省主催の慰霊巡拝に参加して参りました。


私の父方の祖父は陸軍で「南方で戦死した」とだけ聞かされ、子ども心になんとなく戦争のことを聞いてはいけないような空気があり、父も何も語ることはなく…。

 

2024年春、仏壇の中から古い封筒を発見💡

なんと祖父が戦地から祖母や父、叔母に宛てた手紙と、同じ部隊だったと思われる戦友の方から祖母に宛てた手紙で、戦死した場所がフィリピンルソン島パツラオ山⛰️であると記されていました。

 

場所がわかったからには慰霊に行かねば!

ただ個人で行けるものなのか?と思っていた矢先、

ネットニュースで「戦没者孤児の慰霊事業今年で終了」と言う記事に出会い💫

遺族会に連絡をしてみると「こちらは孤児迄が対象で、お孫さんの場合は厚労省の方でやられていますよ。お住まいの県庁が窓口となります」

とご丁寧に千葉県庁の担当部署の電話番号を教えて下さいました。

 

県庁に問い合わせすると次回の締切は終了しているとのことで、その次の回は2025年8月に書類受付開始、2026年2月に実施予定とのことで、早速申し込み📝

 祖父と私の血縁を証明する為に戸籍謄本を取り寄せたり、健康診断を行ったり等準備を進め、

2025年12月頃、参加できることが決定❗️

 

2026/2/4(水)

品川のホールにて全国からご参加されたご遺族の皆様と厚労省職員、添乗員、看護師の総勢80名にて結団式が行われました。

私は1班でご遺族23名の方と共にルソン島&ミンダナオ島を巡拝します。

羽田JALホテル泊

 

2026/2/5(木)6:50出発 9:30発マニラ行きのANAで出発✈️

なんとっ‼️12月に譲渡したとっと🐱&さーちゃん🐱改め虎丸くん&ちまきちゃんのママさんと機内で遭遇💫

しかも久々のフライトとのことでご縁の深い方だなと💫

マニラ泊

 

2/6(金) 6:30出発 ミンダナオ島カガヤン・デ・オロへ✈️

レイテ湾海戦にて沈没した「戦艦最上」の乗組員のご遺族等、5名の方の現地慰霊

台風🌀が直撃との事で飛行機が飛ぶのか?

慰霊はできるのか?帰って来れるのか?

心配しておりましたが、やはりやるべきことはできるようになっており💫

飛行機は無事飛び、慰霊場所も海に面した屋根付きの場所を借りることができ、なんと慰霊の間は雨も止み☀️無事行うことができました。

(私たちが帰った後、又天候が崩れたそうです)

マニラ泊

 

2/7(土)8:00出発 最初に日本からの戦争賠償金で作られたと言う高速3号線を250km、北部ルソンに向かい直走り🚌

昭和20年2月のマニラ市街戦後、東方山地に逃げた日本軍。

5月にはダムが米軍支配下となり、イポダムあたりは殆どの方が餓死状態で発見されている場所とのことでした。

イポダムが見える場所での現地慰霊

この時も直前まで降っていた雨が丁度上がり☀️


 午後はクラーク空軍基地内、マリア観音前にて現地慰霊

クラーク基地内にある滑走路は霧島部隊、最初の神風特攻隊が飛んだ場所だそうで、現在も毎年10/25の7:00amに慰霊祭が行われているそうです。


夕食時に撮って貰った写真。

爺ちゃん降りてきた

クラーク泊

 

2/8(日)7:30出発 バスで5時間走りマシンロックへ🚌

海の見える場所で現地慰霊

ご遺族の方が作られた曲が心に沁みました。


スービック泊

 

2/9(月)7:30出発 バスで5時間走りカウリンガンへ🚌

山の麓で現地慰霊

その後、山岳地帯のバギオへ

山間部の岩盤がすごい所に重機もなく、ツルハシ等で道を作ったのは日本人の開拓民とのこと。

誇りと気合と根性で先人達が築いたその道を、米軍の追手が来れないようにと日本軍が爆破したという話を聞き、何とも言えない気持ちになりました。

現地慰霊をした場所の近くには野戦病院があったそうです。


バギオ泊

 

2/10(火)7:30出発 バスで8時間マニラへ戻る🚌

マニラ湾に向かい、コレビトール島で震洋特攻隊で亡くなられた方のご遺族等4名の現地慰霊



ご遺族の方が自費出版された絵本

 

絵本の読み聞かせの様子📺

 

父の戦争 〜戦艦武蔵 甲板士官の遺言〜

 

マニラ泊

 

2/11(水)8:00出発 バスで片道3時間 南部バタンガス州ナスブへ🚌

奥に見えるのが祖父が亡くなったバトゥラオ山。


バトは現地の言葉で「石」と言う意味だそうで、石の山、木も草もなく、食物は皆無であろうと・・・。

戦友からの手紙には「山に入って半年余り、溜まり水で飯を炊こうとした時に襲撃され行方不明となり、遺体は発見できなかった」とありましたが、

厚労省の方が調べて下さった資料によると「戦死(頭部機銃弾創)」となっており、戦闘により亡くなった事が明らかになりました。


海岸で2名の方と共に現地慰霊を行いました。

戦死された皆様の無念を思うと、言葉にならず、また涙涙となってしまうので、未来に向けての話をしました。



いつも最後に皆で合唱した「ふるさと」の歌も

歌詞がリンクしてしまい、毎回号泣で全く歌うことができませんでしたが、自分の現地慰霊の日にやっと歌うことができました。


マニラ泊

 

2/12(木)7:10出発 バスで南部カリラヤにある「比島戦没者の碑」にて合同慰霊祭


モンテンルパの収容所近くを通った際、現地ガイドさんから教えて頂いた歌

あヽモンテンルパの夜は更けて

 

2/13(金)10:00出発 バスでマニラ市街観光→昼食

14:40発羽田行きにて帰国✈️

 

今回、お導きで行くことができた慰霊巡拝💫

ご一緒させて頂いた1班の皆様が本当に素敵な方々で出逢えたご縁に感謝しかございません🥹🙏

そして、団長、厚労省職員の皆様、添乗員さん、看護師さん、現地ガイドさん、アシスタントさん、ドライバーさん、全ての方々に心からお礼を申し上げます。


それにしても中々ハードな旅🚌だったな😂

自由時間はほぼなし🤣

私ともう一方埼玉からご参加の方が最年少で、孤児の皆様は80代、毎日朝早くからバスでの移動、慣れない食事や気候、お疲れもあった事と思いますが、誰1人として欠けることなく、全日程を完走💨

大変ご活躍様でした🙇‍♀️


そして現地ガイドさんからお聴きした話。

学校で教わったことと真相は違う。

歴史はいつの時代も勝った側に都合の良いようにされてしまうのだ😓

 

世界平和を実現する為に戦争は論外であること🙅‍♀️

未来を生きる子どもたちに、より安全で平和な社会を繋いでいけるよう、自分に出来る限りを行う事を英霊達にお誓い致します‼️