わたしの友人で、キャリアコンサルタントをしている女性がいます。
小田原市在住で、50代の、とても優しい素敵な方です。
悩みが深刻になったとき、小田原のご自宅に遊びに行きます。
本当は、コンサルタント業ですから、
悩みを聞いてもらったらお金を払わないといけないのですが、
仕事抜きで色々相談に乗ってくれます。
最近彼女と電話で話してて
ある分析について聞かされました。
子どもの頃、母親に対して寂しい思いをして育つと、
大人になってから、
自分の「愛情表現」をうまくすることが出来ない人間に
なりやすいそうです。
物心ついたときには親が離婚していて、母親なしで育った人。
両親揃っているけど、共働きで、家族揃ってご飯を食べたり、
お出かけしたりが出来なかった人。
両親そろってお店をやっていて、姿はあるけど、
甘えられる時間も余裕もなかった人。
母親そのものに、愛情が足りなかった人。
などなど・・・
そうすると、おのずといつも甘えたい気持ちをガマンしてますから、
それが習慣になって、素直に愛情表現が出来なくなったり、
また、それを求めることが出来なくなったりするんだそうです。
思い出してみると、我が両親はドタバタ夫婦で、
私が2歳~4歳のころまで、Barみたいなお店を両親二人でやってましたから、
いつも夕方になると、姉と二人で留守番させられ、
出かける母を追って、道路に飛び出したり、大泣きしたりしてたそうです。
(その頃のこと、うっすら映像で憶えてます)
4歳からは好きな習い事を始めたので、少し寂しさはなくなりましたが・・・
ただ、忘れもしないのは、小学4年生のとき、
学校が終わり、テニスの練習も終わり、夜帰宅したら、
父しかいません。
「あれ?みんなは?」と父に聞くと、
「出て行ったよ」と。
しばらくして電話が鳴りました。出ると母からでした。
「置いて行ってごめんね。あんたは帰りが遅いから」
「元気でやりんさいよ」
「・・・・・」
わたしの帰りを待つことより、家を出ることを選んだ母。
「なんで待っとってくれんかったん」
「ごめんね」「また連絡するけん」
涙も出ませんでした。
母に捨てられた・・・・
そう思っただけです。
父は落ち込んで、電気もつけずお酒飲んでるし、
ご飯も食べてないようだったので、
仕方なくそのころ唯一の得意料理?だった
ホットケーキを焼いてあげました。
父は、「お母さんのところ行けいや~」と言って八つ当たりしてきましたが、
そんな元気のない父を置いて、私まで家を出ることは出来ません。
また、もしここで私まで母のもとに行ったら、二度とこの家は元に戻らない気がして、我慢しました。
学校に行けば姉には会えます。
様子を聞いても大人しい性格の姉では頼りになりません。
それから、なんだかんだで2ヶ月が経ち、
ようやく叔父が間を取り持って
もとの家に戻りました。
でも、その一件から、長いこと母を許せずにいたような気がします。
だから、いっさい母には甘えないで育ちました。
母が病気になって亡くなる前に、
「まさか、あんたが一番看病してくれるとは思っとらんかったよ」
「ごめんね。ありがとうね」
そう言ってくれたとき、やっと許せた気がします。
今になれば、私を置いてでも家を出たかった母の気持ちもわかりますし、
思い出してみれば、母からはたくさんの愛情をもらって育ったと思います。
ただ、姉妹のなかでわたしだけ置いていったのは、わたしがかわいくなかったから
いらないと思ったからだ・・・・
そういう心の傷は、今でも残ってると思います。
だから、人の愛情を試そう、試そうとするんでしょうね。
なかなか持ち堪えてくれる男性はいませんけど・・・・
ただし、その分、秘めたる愛情はすご~~~い深いんですの~![]()
こうやって、人それぞれの生い立ちを聞くと、性質をつかみやすいから、相手の育った環境や子どもの頃の話を聞くと
いまに役に立つのよ~と友人が言ってました。
人生いろいろです・・・