赤ちゃん


どんなイヤな一日にだって、かならずひとり天使がいる。
 


そんな言葉を、曽我部恵一のエッセイの中にみつけました。 
 
彼は中島らもから聞いた大切な話として、その言葉を書いています。
 
中島らもは52年の生涯のかなりの期間を、アルコールや薬の依存症と鬱病に苦しみながら過ごしました。
 
人生の耐えがたいほどの苦味をよく知っていたであろう中島らもが
 


「どんなにイヤな一日にだって天使がいる」
 

と語る姿を想像すると、人間の心の愚かしい弱さと、それでも最後まで残っている輝くような強さを、

同時に感じずにはいられません。
 

天使とは、電車の中で透明なよだれをたらしながら、こちらに無心な笑顔をむけた赤ちゃんかもしれません。
 
自分で目をふさいでしまわなければ、どんなにぱっとしない一日にも

世界のあたたかさに触れられる瞬間はあるようです。
 

なにもかもうまくいかない時期に出会った天使を、今でも覚えています。
 

朝、沈みがちな気分で古書店街の路地裏を歩いているときに、
小さなパン屋さんをみつけて、サンドウィッチをひとつ買いました。
 
そのとき、レジに立ったおばさんが、レシートを眺めて言ったのです。
 

「あら、777!」
 

レシートに刻印された番号に、藍色の7がきれいに並んでいたのです。
 

「あなた、今日はきっといいことがありますよ。パン屋の占いです」
 

結局は、その日いちばん素敵だったことというのはパン屋のおばさんとのそのやりとりだったのですが、

他愛のない言葉が、一日じゅうどれほど心をあたためてくれたことか。
 

あの日の天使は、まちがいなく彼女だったのです。