小さな頃、いろいろ考えていた。


先生を見て、親を見て、友達を見て。


どんな自分になろう。


子供の自分が見ていた世界での、なりたい自分。


理想の自分。


憧れの自分。



それは、友達の変化に気がつける自分。

 

周りを元気にできる元気な自分。

 

自分に嘘をつかない自分。


誰かを支えられる自分。


そんな柱をたてて、生きる自分。



それが理想の自分。



時々、心念に固執し、頑なになる。


ただ、「理想の自分」の形をかたどっただけ。


「理想の自分を作った心」を忘れてしまう。


そんな時、ふと思い出す。


自分の原点を。


一つ一つ想いを込めて作った、理想の自分。


自分の柱。


力を抜けばよかったのだ。



求めすぎて、柱を忘れてしまった自分。


どれだけ、社会が変わろうとも。


どれだけ、周りが変わろうとも。


どれだけ、人の闇を知ったとしても。


自分の築いた柱は変わらない。




自分は、まだまだ成長中。

いろいろな人に出会い。いろいろなことを体験してゆき知っていく。

知っては考え、自分と向き合っては考え。

その度に柱は太くなり、その度に柱の種は育ってゆく。






 自分が何も言わずに、周囲が見てくれていて「頑張ったね」って言ってくれないと、

 

 自分で話して「頑張ったね」と言われるよりも

 

 周りに伝わる頑張りを感じてもらえない。

 

 伝わってこその「頑張り」だと思ってた。


 それは、理想で求めすぎていたのかもしれない。

 

 たとえ、周りに気がつかれなくてもやっぱり自分が「頑張った」と、


 自分のことを思い、褒めることが出来るのであれば十分じゃないだろうか。


 自分の内面の頑張りを一番知っているのは自分だけなのだから。


 それを自分が認めないで誰がそれを知り、褒めてあげることが出来るだろうか。


 疲れた時は、疲れた。頑張ったときは、頑張った。


 それぞれの気持ちに、自分に気がついて、褒めてあげることがいいよね。


 そして、相手のそんな気持ちも受け止められたらいいよね。




自分は、まだまだ成長途中。

いろいろな自分に気が付けて、いろいろな相手を知って。

いろいろな相手を受け止められたら幸せだね。