メディアが政治家発言を“切り取り”する理由 | 山本洋一ブログ とことん正論

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元日経新聞記者が政治、経済問題の裏側を解説!

 競泳の池江璃花子選手による白血病公表を受けた桜田義孝五輪担当相の「がっかり」発言が波紋を広げている。メディアやコメンテーター、野党などが一斉に批判した後、この発言を報じたメディアにも批判の的が移り始めている。この発言は本当に不適切だったのか、メディアの「言葉狩り」はなぜ起きるのか、このままでいいのか。

 

 まずは桜田大臣の発言をすべて見てみよう。以下が、インターネット動画から書き起こした、ぶら下がり会見の全文である。

 

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記者:競泳の池江選手が、自らが白血病であることと、しばらく休養することを発表しました。大臣として、これについての受け止めをお願いいたします。

 

大臣:正直なところ、びっくりしました。聞いて。本当に、病気のことなので、早く治療に専念していただいて、一日も早く元気な姿に戻ってもらいたいというのが私の率直な気持ちですね。

 

記者:競泳の中では……。

 

大臣:本当に、金メダル候補ですからね。日本が本当に期待している選手ですからね。本当にがっかりしております。やはり、早く治療に専念して、頑張っていただきたい。また元気な姿を見たいですよ。

 

記者:大臣はこれまで、池江選手の活躍をどのようにご覧になられていましたか?

 

大臣:日本が誇るべきスポーツの選手だと思いますよね。我々が本当に誇りとするものなので。最近水泳が非常に盛り上がっているときでもありますし、オリンピック担当大臣としては、オリンピックで水泳の部分を、非常に期待している部分あるんです。一人リードする選手がいると、みんなその人につられて、全体が盛り上がりますからね。そういった盛り上がりがね、若干下火にならないかなと思って、ちょっとそれ心配していますよね。ですから、我々も一生懸命頑張って、いろんな環境整備をやりますけど、とにかく治療に専念して、元気な姿を見せていただいて、また、スポーツ界の花形として、頑張っていただきたいというのが私の考えですね。

 

記者:最後に一言だけ。池江選手にエールを送るとしたらどんな言葉を?

 

大臣:とにかく治療を最優先にして、元気な姿を見たい。また、頑張っている姿を我々は期待しています、ということです。

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 この文章を冷静に読み込めば、大臣として不適切な発言だなと思うだろう。東京五輪で一つでも多くの、色の良いメダルを取ることが至上命題だと考えていることが分かるし、本人が一番ショックを受けているだろうこのタイミングで、真意はなんにせよ「がっかり」という表現は使うべきではないからだ。

 

しかし、動画で見ると印象が変わるのではないだろうか。確かにがっかりという表現等は良くないが、池江選手への素直な期待と、素直な失望が見て取れる。不穏当というより、何も考えずにしゃべったんだろうなという感想を受けるのではないか。

 

http://www.news24.jp/articles/2019/02/13/04416996.html

 

 恐らく現場で直接、大臣の発言を聞いた記者の多くもそれほど憤ることはなかっただろう。推測するに、記事を書くよう指示したのは記者が書き起こしたメモを見た「デスク」なり、「キャップ」なり。彼らは動画で見ているのではなく、文字を見て判断しているからだ。

 

 そうしたデスクやキャップの背中を押すのが「通信社電」だ。NHKや民放各局、日本経済新聞、地方紙などは取材網を補うために共同通信や時事通信といった通信社に加盟している。通信社からは次から次へと全世界、全国からのニュースが届き、それを見ながらニュースの構成や新聞の構成の参考にする。記事を基に追加取材して「独自記事」として載せることもあるし、まったく取材しないまま、しれっとそのまま掲載することもある。

 

 こんな発言があったと記者が報告した直後に、通信社が桜田大臣の発言を流したらどうなるか。これはうちでも流しておかなきゃ、新聞に載せておかなきゃ、となる。とはいえ、大したニュースじゃないからどうしても原稿は短くなる。前後の文脈を紹介する余裕はないから、不穏当に見える「がっかり」のワンフレーズだけを切り取ることになる。その一部だけを見たコメンテーターは「なんてひどい」と憤る。こうして問題発言は世の中に拡散されていく。

 

 もちろん、桜田大臣にも非がある。就任から4か月、何度も何度も問題発言を叩かれ、メディアの報じ方は嫌というほどわかっているはずだ。影響力の非常に大きい大臣なんだから、一言一句、噛み締めながら発言すべきだ。頭の中で反芻し、問題がないことを確かめてから発するべきだ。それができるから、毎日記者会見を行っている菅義偉官房長官が失言することはほとんどない。資質に欠けると批判されても仕方ない。

 

 自分がメディアにいた7年前より、メディアの横並び意識、言葉狩りはますますひどくなっているように感じる。いよいよ自分の同期たちがキャップやデスクに昇進する頃。ぜひとも、こんな議論をしてみたい。