「司法取引」は取引によって浮上した? | 山本洋一ブログ とことん正論

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元日経新聞記者が政治、経済問題の裏側を解説!

 法務大臣の諮問機関である法制審議会の特別部会が9日、取り調べの可視化や司法取引の導入を柱とする答申案を決定しました。可視化はずっと議論されてきましたが、日本で司法取引といわれてもピンと来ない方が多いでしょう。唐突に司法取引の導入が浮上した背景とはーー。


 刑事法や民事法を所管する法務省では、新法制定や法改正などにあたって、有識者で構成する法制審議会に諮問することとしています。公平で客観的な立場から法整備するためです。


 今回は2010年の大阪地検特捜部による証拠改ざん事件を機に、特別部会が法制審の下に作られ、冤罪の被害者となった村木厚子厚生労働次官らを中心に刑事司法のありかたを議論してきました。特別部会の答申を受けてこれから法制審本体で議論し、秋に法務相に正式に答申する見通しです。


 警察や検察の強引な取り調べや証拠改ざんなどの不正行為をどう防ぐかーー。当初から議論の的となってきたのは取り調べを録音・録画する、取り調べの可視化です。記録されていれば取り調べの状況をチェックでき、供述の信用性を確認できるようになるからです。強引な取り調べの抑制効果も見込めます。


 しかし、警察・司法側には根強い反対があります。表向きは「暴力団組員などが報復を恐れて供述しなくなる」といった理由を挙げていますが、実際には「捜査がやりにくくなるから」でしょう。逮捕された美濃加茂市長が話しているように、今も強引な取り調べはまかり通っているようですから。


 特別部会の中にも警察・司法関係者はたくさんおり、可視化に慎重な意見を述べてきました。その結果、取り調べを可視化する範囲の対象をかなり狭めることで合意。殺人など重大事件に限ることとしたのです。対象となる事件は裁判になった事件の23%にとどまり、村木氏は「範囲が狭く、大満足とはいえない」と不満を漏らしています。


 さらに特別部会の協議の中で、警察・司法側が求めたのが司法取引や通信傍受が認められる犯罪の範囲拡大です。司法取引は被告や容疑者が共犯者など他人の犯罪について供述した場合に、見返りとして罪を軽くするというものです。警察・司法からすれば立件の手段が増えることになります。


 いかにも米国的であり、日本らしくないためこれまで真剣な議論になることもありませんでした。しかし、今回の答申には汚職や詐欺、横領などの経済事件と、銃器・薬物事件に限って導入することが唐突に盛り込まれたのです。背景には特別部会内での「取引」がありそうです。


 政府の審議会は、法制審に限らず利害の調整の場となりがちです。今回の特別部会にも警察と検察の幹部やOBが大勢名を連ねると同時に、村木氏や冤罪事件を扱った映画監督の周防正行氏、弁護士ら取り締まり当局に批判的なメンバーもたくさんいました。それぞれが同調する有識者を巻き込み、駆け引きを繰り広げた中で互いの「取り分」を調整したとみられます。


 司法取引を全否定するつもりはありませんが、今回の「捜査機関の暴走を防ぐ」という当初の問題意識からは明らかにずれています。犯罪者が捜査当局の描くストーリーに同調し、冤罪を生む危険性もはらんでいます。


 これが審議会行政の現実。ここから先は立法府の仕事です。