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迷えるあなたを
もう一度キラキラ輝く女性に導く


  心のファッションアドバイザー
伊津野直美です

 

アラフィフスパークリング

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素敵な人だと思われたい。

きっとそんな一心で毎日を送っていた母の一人娘として育てられた私。

 
 
 
 
その母の価値観が、幼い私の潜在意識にしっかり刷り込まれてしまったわけですが、ここ数日の掘り下げで、また別の母との関係性が見えてきました。
 
 
 
 
私は、両親が結婚して6年後にやっと生まれました。
私が生まれる2年前に、一度施設に子供をもらいに行ったことがあると、何度も聞かされました。




どの子が良いと選ばせてもらうのではなく、順番通りに、「はい、この子ですよ。」と連れてこられた赤ちゃんの事をどうしても育てる自信が持てなかったと言っていました。






もし、その赤ちゃんが両親の子として引き取られていたら、私という存在はなかったかもしれません。
が、そのくらい切望して、できた子だったという事です。





結局弟妹はできなかったので、文字通りの「超お宝娘」だったと思います。

 
 
 
 
決して裕福な家庭だったわけではないのですが、お受験をして私立の小学校へ入学したため、近所にはほとんどお友達がおらず、下校後はピアノやお習字のお稽古と、そろばん教室に通う毎日でした。




運動は苦手でしたが、その他のことはどれもそつなくこなしていたと思います。
 
 
 
 
親というのは、誰しも一度は、「うちの子すごいんじゃない?」と思う瞬間があるのではないかと思いますが、両親もつい、唯一の子である私にも実力以上の期待をしていたように思います。
 
 
 

 
日々のテストの点数
お習字やそろばんの検定試験
ピアノのレッスンの成績(毎週成績がつけられるお教室でした)や発表会での出来具合
 
 

 
 
母は常に細かくチェックして、良い結果であれば褒めてくれましたし、悪い結果であれば叱られました。
よくある話ではありますが、私は子供ながらに、母に褒められたい、喜んでもらいたい、と思っていたはずです。
 
 

 
 
思春期には人並に反抗期があり、成人してからも、少しは波風が立つことはありましたが、基本的には 『 優しくて良い子 』 として、育ちました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

 

 

 

 

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