中学1年の終わりから、母や祖母と一緒に『センナ茶』を飲むようになりました。
そしてそれは調度、周りのスリムな友人に比べて自分が少しぽっちゃり体型だということを意識し始めた頃でしたから、下剤を使うことで、排便のコントロールができることはとても好都合でした。
『過食をして下剤を使う』ことは『過食をして嘔吐する』とまったく同じシステムなのに、そんな知識はまだまったく持ち合わせていませんでした。
高校に入学したころには、常に私の頭には、
『食べてはいけない』
『食べたら太る』
という意識がありました。
そして、それから50歳の現在まで、ずっと体型や体重を気にして、食べる量や排便の量を気にして、生きて来ました。
大学生の時、過食による相当な体重の増加で、引きこもっていた時期もあります。
そんな自分が嫌で相当無茶なダイエットをしたために、体のバランスを壊してしまい、長女を出産したあとに全頭脱毛で、1年間カツラで過ごしました。
ホットヨガをやっていた時は、面白いように体重が落ちたことが嬉しくて、必要以上にガリガリ・しわしわになっていながら、自分では
『痩せている=イケている』と勘違いして満足していました。
でも、結局は、体型をキーブするために、無理をしていたのですね。
5年間続けたヨガでしたが、肩を痛めてポーズがとれなくなり、辞めざるを得なくなった時には、頑張ることから解放されホッとしたのも事実です。
何故、そこまで自分の外見にこだわるのか。
それは、幼少期に母の行動によって刷り込まれた、
『太ることは悪いこと』
『太ることは醜いこと』
の概念だと思います。
そして、理想の体型や外見でいられない分、自分が納得できる洋服を身にまとうことで、人前に出る自分に自信を持たせようとしました。
お出かけの前に、何度も鏡に向かっていた母と同じです。
私にとってのお洒落とは・・
自信のない自分に自信をつけるため。
自分で認めてあげられない自分を人に認めてもらうため。
本当はね、
裸の自分をもっと好きになりたい。
裸の自分をもっと認めてあげたい。
そう思うのだけど・・・
今の所、たどり着いたのは、ここまで。
また、気付きがあったら、聞いてくださいね。
それは、幼少期に母の行動によって刷り込まれた、
『太ることは悪いこと』
『太ることは醜いこと』
の概念だと思います。
そして、理想の体型や外見でいられない分、自分が納得できる洋服を身にまとうことで、人前に出る自分に自信を持たせようとしました。
お出かけの前に、何度も鏡に向かっていた母と同じです。
私にとってのお洒落とは・・
自信のない自分に自信をつけるため。
自分で認めてあげられない自分を人に認めてもらうため。
本当はね、
裸の自分をもっと好きになりたい。
裸の自分をもっと認めてあげたい。
そう思うのだけど・・・
今の所、たどり着いたのは、ここまで。
また、気付きがあったら、聞いてくださいね。
