先日、連絡帳を通して伝えた先生への手紙。
返事を頂きました。
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名前に関しては、漢字で書きたいなら振り仮名を振れば漢字で書いてもいいことにしますと。
算数のクラス分けについては、そもそもクラス分けテストの際に長男がアデノでお休みしていてテストを受けれなかったため、レベルを把握できず、担任の先生が担当しているレベル3になっています、とのことでした。
作文や課題で習っていない漢字を使うことについてはまた個人面談で話させて下さいとありました。
それを長男に伝えたところ、
名前を漢字で書けることについてはホッとしたようでしたが、組み分けテストを受けてないから3に下がっていたことは残念だったようで、
「僕はテストを受けたかった。何で後からでも受けさせてもらえなかったんだろう」と不満げ。
そしたら主人に、「それなら自分で先生にそう言わなきゃいけない。お母さんに何とかしてもらおうなんて甘えたらいけない」
と言われていました。
そして長男が寝た後、
「いちいちそんな小さなことで、親が出たら先生に迷惑だし、そんなんやってたらいつまでたっても自分で問題を解決できないようになる。次元の低いところで争うなよ」と。
「でも長男は漢字にしても算数のクラスにしても先生に話したのにだめだったっていうから」
「クラスが落ちたのが悔しければ、どうしたら上がれるか自分で考えさせろよ。親がとやかく言うことじゃない。名前だって人が分からないっていうなら、テストだけは漢字で書くとか、やりようがあるだろ。ちっちゃいことを言う奴に育てたらあかんわ。」と。
確かにその通りなんですよね。
ただ、主人は「公立の授業に期待するな」と言うけれど、高校まで公立しか行くことができなかった私としては、公立だからといって諦めたくはないのです。
子供の問題解決能力という面からすれば、親はただ見守ることがいいのかもしれない。
でも、公立の教育という面から考えれば、やはり意見は貴重だと思うのですけどね。
公立はどうしても横並びの意識が強い。
競争の感覚も薄い。
指導要領も学習範囲も、細かく定められてるんでしょうね。それに則り進めざるを得ないから、どうしても実態と合わない場合が出てくる。
私立小学校に進んだ友だちは、学校から名前は必ず漢字で書くように一年生から言われたと話してました。
理由は覚えるから。
幼児教育に関心がある人なら誰でもわかる。
その少しの漢字に触れる機会や環境が、大きく可能性を広げることも分かる。
でもつまり、そこまで考え抜かれていないのが公立なんでしょうね![ショボーン](https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/017.png)
![ショボーン](https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/017.png)