現代の社会は脱工業社会であり、それが産業構造にあらわれ、高度化している。これから産業構造のソフト化・ハイテク化について述べて行く。産業構造全体が高度な先端技術開発及びその実用化に多大な影響を受けて、各産業が次第に知識集約産業化、情報産業化、及びサービス産業化する現象を産業構造のハイテク化という。

 

 

 

 

日本のハイテク産業はまだ欧米の知的財産を輸入して、それを改善・改良し、実用化することに主眼が置かれており、基礎研究や独創的な開発技術の輸出、つまり知的財産権の販売活動が弱い。欧米からの日本の基礎研究タダ乗り批判が湧出する理由がここにある。

日本のハイテク企業の立地は、一、進出地域の住民及び地域社会が支援してくれるか。二、有名大学の近くなど質の高い人材を獲得できるか、研究施設が集積しているか。三、アクセシビリティ、交通、情報アクセスの利便性、アベイラビリティが良い。四、安価で広大な土地、及び安価な家賃・テナント料の場所。五、自然条件がよい。などが挙げられる。以下のような立地条件で日本のハイテク企業が1970年代から1980年代にかけて、どのように立地したか。その立地分布は東日本に偏在した東高西低型分布となっている。東日本の特に関東内陸、南東北、関東臨海、及び北東北などの大都市圏近郊又はその周辺部に多く立地が見られる。具体的に見るとIC生産企業は、質の高い労働者の確保は前提として、自然条件が良く、空港・高速道路などの交通の弁が良い、加工業の関連産業が集積している場所が立地条件だ。1980年代のIC工場は東京を中心に首都圏に集中し、他は分散している。比較的、九州や東北の立地が顕著のため、九州は別名シリコンアイランド、東北はシリコンロードと呼ばれている。

次に、コンピューター・ハードウェア産業の立地条件は、エンドユーザーへの近接性、電子部品などの関連企業の集積地などがあがる。このように、このタイプは一般に大都市圏及びその周辺部に集中立地又は分散立地する傾向がある。機器の大小により差異があり、大型機器の立地は集中性があり、小型機器の立地は広域性か分散性がある。小型機器は現に地方に分散している。1980年代は首都圏、大阪、愛知などの大都市圏に集中立地していた。

 

次にコンピューター・ソフトウェア生産企業の立地条件は、質の高い労働者が確保でき、大手の取引企業との近接性。地方自治体等からの支援の得やすさ、当該企業の資金に耐えうる地価、テナント料の確保のしやすさ等が挙げられる。このタイプの企業は、東京、大阪に目立って集中立地している他は、分散立地している。

 

最後に研究開発タイプの立地条件は、人材確保のための大学及び試験研究所との近接性、地方自治体からの支援への近接性、基礎研究、開発、適用及び実用化の為の巨額な資金調達可能性等が挙げられる。他社との競争に勝ち抜くには研究開発は欠かせない。日本では、人材確保の観点から、東京・神奈川を中心とする首都圏に約6割が集中立地している。この企業タイプが四つのタイプの中で大都市に顕著に集中立地している。

これらの立地条件は、日本においてもアメリカにおいてもほぼ共通する条件である。がハイテクパーク建設の歴史的、社会的背景などは当然異なってくる。日本の場合は、1980年代のテクノポリス構想が打ち出されてから急速に展開した。開発は政府主導で行われ、ハイテク産業の地方分散化政策の一環として着手された。1990年現在、日本で完成しているリサーチパークは20ヶ所で建設中を含めると、23ヶ所である。東京圏、大阪圏に集中立地しているが、将来は90ヶ所以上のリサーチパークが建設されるので、地方分散立地が実現しているだろう。

 

https://amzn.to/36N4Cl4

 

 

 

 

リサーチパーク発祥の国はアメリカである。この国で最初に建設されたリサーチパークは1951年建設のものである。建設ブームが1960年代前半にあり、1980年代に入って再び活発化した。開発主体は日本と違い、民間デベロッパーであるが、時期と場所によっては、州政府主導、地方自治体主導、及び大学主導と多岐にわたる。1987年現在、米国のリサーチパーク建設数は150を超えている。日本と異なる点は、創造性ベンチャーの活躍、アントレプレナーシップの発揮機会、大学・研究機関との緊密な関係などがある。最近米国では、コロラドなどにハイテク企業の立地が進んでいる。理由は、自然に恵まれ、仕事だけでなく生活の質も追求できるからや、通信・交通の便が良いからである。米国のハイテク企業の立地条件が、自然環境に恵まれ、リゾートまで普及し、働き手である研究者や技術者らの立場を重視した立地展開になってきている。日本の企業も働き手の立場で改革してほしい。