新聞・雑誌からテレビが普及し、メディア全盛だった時代から、今度はネットが普及し、玉石混交の情報過多な時代に移ってきた現代。
何がホントで何がウソか?
もはや、権威や常識などを盲信することは出来なくなったよね。
何故なら、莫大な資産を持つ人たちによって、彼ら自身の資産を更に増やすためや、彼ら自身の思考を浸透・実現させるために、メディアもネットもカネのチカラで牛耳り、真実を隠したり捻じ曲げたりして、大量の情報シャワーを浴びせ、大衆をコントロールすることも出来るから。
そんな時に大事なのは、「自分のアタマで考えること」。
様々な新しい情報だけでなく、大自然の法則やこれまで解明・蓄積されてきた情報と、実際に起こっていることを冷静に分析して、「コレが真実だろう」と自分なりに仮説を立てる事が必要。
まさに、古きを訪ねて新しきを知る「温故知新」のことわざ通りです。
お役所仕事に代表されるような「前例主義」にこだわることは硬直した考えに陥って時代の変化についていけなくなるし、新しいことばかり追い求めると、間違いを犯しやすい。
「中庸の精神」を尊ぶ考え方もあるが、新旧・左右・上下など、相対する考え方のどちらかに偏り過ぎると色んな問題が起こる。
「分断」「対立」が、その問題の代表例だと自分は思う。
昨年来の珍コロ騒動がなかなか終わらない状況の中で、「『増す苦』を外そう」を例に取ると、騒動初期には、自分は頑なに「増す苦」をしない、そして他人にも外す事を求めていた。
しかしその後、「同調圧力」というものを目の当たりにして苦悩し、色々と考えた結果、頑なになる事は、返って「分断」「対立」を煽り、良い結果に繋がらないと気付き始めた。
そこで、街中や買い物、電車移動や飲食店などでは基本的に「増す苦」を外し、個人的な繋がりの深いところ、仕事や様々な活動の場面で、強く求められるところでは「増す苦」をするようになった。
まずはその場に溶け込むことをして、そうしながら口頭や資料の手渡しなどで、疑問の投げかけをしてきました。
そうする事でまずは感情的な対立を回避する事が出来て、それから冷静に話し合える環境が整ってくると感じてます。
人にはそれぞれ様々な立場があるので、まずはそれを尊重することから始まると思うし、自分にとっての人生における最大のテーマである「自由」を、相手にも認めていくということ。
問題は、「増す苦」をするか?しないか?という単純なことではなく、コトの本質を理解しているかどうか?であり、その方が重要だと思います。
自分も含めて、多くの人たちが今は同調圧力に屈している状況でも、コトの本質が分かっていれば、イザ「自由」を極端に奪われる局面ではみんなで立ち上がれる!
そんな状況を目指して、これからも地道な「草の根運動」を続けていきます。
そして、近々の問題で、個人の「自由」を極端に奪われる可能性が高いのは、日本でも始まった新しい「湧珍」の接種。
既に、接種後の重篤な副反応(いや、主反応か?)や死亡例も多数報告されていて、「因果関係は認められない」などとされていますが、これまでの湧珍の事を調べれば、生命の尊厳を脅かす存在だと思われるので、自分は絶対に打たない事を決めてます。
そんなこんなで今回の結論は、「疑問に思った事は徹底的に自分で調べて、自分のアタマで考え真実を導き出すこと」
この姿勢を貫き、他者に「良き影響」を与えられるような存在になろうと思う。