スペイン語+英語:Vamos a hablar/Let’s talk-東映時代劇祭り

五周年記念映画である市川右太衛門主演の「赤穂浪士」の封切りが、私が生まれた昭和31年だから、東映のスタートは昭和26年ということになる。

そして「網走番外地」や「仁義なき戦い」などのヤクザ映画にとって変わられるまでの約17年間、日本人の娯楽として君臨した。(ちなみに、私はヤクザ映画が大嫌い)

さて、東映時代劇が好きな私でも、東映時代劇の全盛期にはまだ生まれていないか幼児であり、その終焉の時期でさえ小学生だった。

だから、時代劇好きの祖父に何回か劇場に連れていってもらっただろうとは思うけれど、劇場で東映時代劇を見た記憶はほとんどない。(はっきり記憶にあるのは何故か、忍者マンガの映画化だった「ワタリ」のみ)

東映時代劇を見たのはおもにテレビだった。おじいちゃん子だった私は、祖父の好きな相撲とともに、これも祖父の好きだった月形龍之介の「水戸黄門」シリーズ、それに市川右太衛門の「旗本退屈男」シリーズや片岡知恵蔵の「遠山の金さん」シリーズなどをよく見た。(相撲は栃錦・若乃花はあまり記憶にないが、朝潮あたりから始まり柏戸・大鵬の記憶はかなり鮮明だ)

逆に祖父が野球を見なかったからだと思うのだが、ON全盛時代のプロ野球を実はあまり知らない。だから、自分のお金で見に行った王貞治はしっかりライブで見ているけれど、長嶋茂雄の活躍はライブはおろかテレビでさえあまり記憶にない。私の記憶に強いのは、王引退後はパ・リーグをおもに見たこともあり、山田久志、村田兆治、高橋直樹、鈴木啓示そして東尾修などのパ・リーグの投手たちの投球である。

さて、東映時代劇に話しを戻すと、テレビで見たとは言え私の映画好きの原点は東映時代劇にあると思う。で、当時から私のお気に入りは、大映の市川雷三(当たり役は眠狂四郎)をのぞくと、月形龍之介の吉良上野介だったり、山形勲や薄田研二の悪家老だったりといわけで、昔からかなり性格が天の邪鬼だったのかなあと考えています。