◆1970年代当時の作曲家の価値観
『劇伴や商業音楽』は『売春』に等しい
と言われていた(今考えるとどちらの職業にも失礼だが)。これは、エンニオ・モリコーネでさえも語っている。
そのモリコーネの先生は、謹厳なるペトラッシ。彼も映画音楽を書いているが、ポップなものではない。プロコフィエフ、テデスコ、コルンゴルトなども食べるために仕方なく書いていた部分もあったろう。
日本で、劇伴を芸術の域に高めていた代表は武満徹。大半の芸術音楽作家は無理に商業性に寄りすぎるか、難解過ぎて失敗している。
ただ、芸術とはそもそも何なのか?
『大衆芸能』は芸術ではないのか?
最初からテレビ向け、ゲーム向けに最適化されて書かれた音楽も職人芸の局地ではないのか?
誰も聞かない音楽を芸術と呼ぶ意味はあるのか?
恐らく、
その相克の中にこそ真理があるのだろう。