天才音楽家と言われた兄を溺愛し、オディロンを棄てていた母に対する疎ましさが根底に響いている様に感じる。
また、彼は父の期待した「建築家」への道も失敗し、代わりに弟はすんなり進んでいる。

「画業」は彼にとって唯一の道だった。気付いて貰えなくば「醜くなってやれ」という悲しみは底知れない。
作曲家・武満 徹が彼に惹かれたのは、彼も幼年期に親から遠く離されていること、更に父と死に別れていることも関係していよう。
当時から、彼は「もっと汚い音にしてやれ」とすら思っていたそうである。

しかし、彼にはストラヴィンスキーという理解者が居た。

「美しい」とも「汚い」とも言わず、「厳しい(Intense)」と評したストラヴィンスキーもまた偉大である。