音楽の専門家でさえ「バロック」と一概に括ってしまうが、当時もやはりポップなもの(大衆に受け入れられ易い、お金になる)と音楽的な価値は明らかに高いが構造が複雑な為敬遠されたものがある。
前者はテレマンやヘンデル。
後者はヨハン・セバスチャン・バッハ。
その息子カール・フィリップ・エマニエルやヨハン・クリスチャンも父親の複雑さを回避し、売れる音楽を書いたが、飽くまで父があっての自分ということは強調していたという。
古典派というのは「明快であること」が一つの条件である。
ハイドン、モーツァルトはその代表。
勿論、総てが音楽的に単純だとは言わないし、中にはバッハにはない楽しさもあるのだが、やはり作曲を本当に学んでいくとその違いは明確になってくる。
ベートーベンもやはり古典なのだが、ハイドン、モーツァルトからは少しバッハに戻り、その先にどう進むかを一番悩んだ人なのである。
一般教養では教えないが、ヨハン・クリスチャン・バッハはモーツァルトよりも気の利いた作品をたくさん書いているが、歴史からは消されてしまう。
大衆は見えるものや見たいものだけを見ていれば良いが、専門家までそうなってはお仕舞いである。
ベートーベンやバッハを目指すのは無理でも、その精神は忘れてはならないし、本物の芸術において「明快であること」が最良の美徳とは私は思わない。