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ARIONの預言解読──音楽に載せて

出典 訳者・時代 王の呼称 表記の性質
T1300 摩登伽經 竺律炎支謙(呉) 帝勝伽 音訳(Tri-śaṅku の音写と推定される字面。「栴陀羅摩登伽種」の王と説明)
T1301 舍頭諫太子二十八宿經 竺法護(西晋) 摩登(晋曰有志 摩登伽Mātaṅga=種姓名)」と王の固有名が同化した表記/意訳注記「有志」付き
T0551 佛說摩鄧女經 安世高(後漢) (王・前世譚は不出) 該当なし。「摩鄧」は母の名としてのみ出現し、種姓語「摩登伽」の異表記
大毘婆沙論 巻101 (説一切有部論書) 三鈎 意訳(tri = śaṅku = の語義分解に基づく漢訳と推定)
 
*   *   *
 
このまとめにおいて、注目すべきところは、いくつかある。一つは、そもそも、
śaṅku」()であること。これは、【AWKMA】(91)、「大角」を含意する。(※「nīru」(yoke)を含意)
勝速日」(迩藝速日)=「nīru」(六百)=【】=「makūru」(boat)を含意する。
 
#もう一つは…「トリシャンク」が、「摩登伽」=「Mātaṅga」()であり、
#古代エジプトの「Յbw」(エレファンティネ12)に繋がっていることだ。(※【QWQY十A】(929)へリンク)

バルダイサンインドへの好奇心から、おそらくエデッサで出会ったインド使節団と交流を持った。

>使節団はエラガバルス皇帝(218~222年)のもとへ向かう途中、この地域を通過していた。

バルダイサンは著作の中で、使節団から学んだことの一部を記しており、インドに関する彼の

>考察の断片は、新プラトン主義の哲学者ポルフィリオス(305年没)を通して現代に伝わっている。

ポルフィリオスは著書『ステュクス川について』の中で、バルダイサンバラモン教徒の間で

>一般的な水による試練について述べている一節を保存している。同じ著書の中で、

ポルフィリオスバルダイサンが、いわば創造の原型とも言える両性具有の宇宙創造像について

>述べている別の抜粋を紹介している。この像はインドの洞窟にあると言われている。この洞窟では、

バラモン教徒が祈りを捧げ、像の意味について議論し、自己吟味の儀式を行うとされている。

(※Ute Possekel『Bardaisan's Influence on Late Antique Christianity』(2018)より)

 

ギリシャ語圏シリア語圏バルダイサンに対する反応がこれほどまでに異なった理由の一つは、

メソポタミア北部のシリア語圏では、バルダイサンの教えが長きにわたり無視できない勢力であり

>続け、時にはバルダイサン自身の教えよりもはるかに過激な教義で既存の教会に挑戦してきた

>という事実にある。バルダイサンの記憶がこれほどまでに乖離しているもう一つの、そして全く

>無関係ではない理由は、シリア語圏ではバルダイサンの名が主に彼の宇宙論(後に異端と

>判断された)と結びついていたのに対し、エデッサ以西の地域のキリスト教徒は、バルダイサン
>を主に天体決定論に対する彼の見事な反駁者として記憶していたことにある。

(※Ute Possekel『Bardaisan's Influence on Late Antique Christianity』(2018)より)

 

一連の調査で確認したのは、エジプトの落書きで知られるギリシャ文字の暗号的置換法が

シリア語の文化圏に“移植”されたのは、6世紀であって、5世紀までは遡れない…ということ。

バル・ダイサン文字と呼ばれているけれども、バル・ダイサン派が行なっていた証拠は、無い。

 

#尚、「アレプ=1」の文字数価配当が、古いシリア語の文書において、

#本当に確認できるか?に関しては、未だ検証中だ。追って報告する。

母は水」、つまり、【AMA】(54)は、「」()だとするなら、形式的には、

AMA】(54)=【DWLA】(宝瓶宮54)=【QWQY十A】(宝瓶宮929)は、

」()=「」(cosmic order)=【MHWA】(65)=【DN】(ダン65)、だ。

WZA】(17)=【SYBA】(白髪95)=【AMWRYA】(Amorite381)に注意。

 

#これは即ち、「〇〇381年にARIONホームページが復活する」という夢だ。

#【SYBA】(白髪95)=【】(300)=「sm-iwr-ḏw」(由理462)の、

#「ARION」(462)は、【AMWRYA】(Amorite381)。そういう話なのである。

 ・「kՅ-nḫt」(勝利の牛601)=【YMA YWRQA】(青海601

 

kՅ-nḫt」(勝利の牛601)は、「kՅ-nḫt」(601)の意味を持つ。言い方を変えれば、

この「kՅ-nḫt」(勝利の牛601)は、「šarru」()=【】(Maghā)の呼び名である。また、

YMA YWRQA】(青海601)の別名は、「飯豊」(ふくろう)なのだ。どういうことだろう。

 

#つまり…「kՅ-nḫt」(勝利の牛601)=「šarru」()=【】(Maghā)は、

#【YMA YWRQA】(青海601)=「飯豊」(ふくろう)=【】(50)だ。

#まさに、「kՅ-nḫt」(勝利の牛601)=【YMA YWRQA】(青海601)は、

#【】(Maghā)=【】(50)、という対応を言っている、という話なのだ。