ああ、引っ越したい・・・・
今のところに引っ越して1年半が過ぎました。
1人で住むには十分な広さだし特に不便もないのだけれど。
でもやっぱり引っ越したいな・・・・


。・:*。・:*。・:*。・:*。・:*。・:*。・:*。・:*。・:*。・
 

突然のことに、俺は全く動けなかった。

目の前に、部長の顔。

俺の唇に、重なる部長の唇。

ええと、これは・・・・・キス、されてるんだよな・・・・?

びっくりしすぎて、思考回路がおかしくなったのかな。

それとも俺、いつの間にかこの状況を受け入れてた・・・・?

そのキスに、全く嫌悪感というものを感じない。

それどころか、そのキスが心地いいとさえ感じてしまっている。

居酒屋で、突然手を握られたときもそうだった。

他の社員には見えないように、こっそりテーブルの下で握られた手。

振り払うことができなかったのは、他の人にばれるからというのもあったけど。

全然いやじゃなかったから・・・・



「・・・・・っ、ん・・・・・」

長いキスに、さすがに息が苦しくなって身じろぎすると、はっとしたように部長が俺から離れた。

「ご、ごめん」

「・・・・・・いえ」

それが、ちょっと寂しいとすら感じてしまう。

俺・・・・なんかおかしい・・・・。

「松本、あの―――」

部長が何か言いかけたその時。

部長のスーツの胸ポケットから、スマホの着信音が―――

「―――悪い。―――もしもし、何?―――は?こんな時間に?―――いいけど、遅くなるよ―――わかった。じゃあ」

部長が、ため息をつきながら通話を終える。

「ごめん、母ちゃんから、牛乳買ってきてくれって」

「はあ・・・・」

「まったく、せっかく実家出たってのに近所だからって人使い荒くて・・・・」

「そうなんですか。けど、仲いいんですね」

普段の部長が自分の話をするのはほとんど聞いたことがなかった。

何となく、ほほえましい。

「・・・じゃ、帰るわ。悪かったな、急に押しかけて」

「あ、いえ、全然・・・・」

いつものようにちょっと背中を丸めて玄関へ向かう部長。

俺もその後に続きながら、妙な感覚に襲われていることに気づく。

―――なんで、寂しいとか思ってるんだろ、俺・・・・



「じゃ、お休み。また明日な」

靴を履き、戸をあけながら部長が俺を見て笑った。

その笑顔に、なんだか胸がざわつく。

かっこいい、なんて、今まで思ったことなかったのに・・・・

「おやすみなさい・・・・」


カラカラと音を立てて戸が閉められる。

すりガラスの向こう、遠ざかっていく部長の背中。

なんだかそれが無性に寂しくて・・・・

俺はその場から、なかなか動くことができなかった・・・・・。



明らかに変わったと思う。

何がって、松本が。

智くんに対する松本の態度が、以前とは明らかに変わっていたんだ。

仕事中でも、時々ちらちらと部長室の様子を窺ったり、智くんに話しかけられると顔を赤くしたり・・・・。

なんでだ?

何があった?

昨日の歓迎会の後、松本は店に残り、智くんはいつの間にか姿を消していた。

マイペースな人だから、途中どっかの飲み屋にでも入ったのかと思っていたけど―――



「気になりますよね」

トイレで手を洗っていると、突然声を掛けられ驚いてそちらを見る。

「二宮・・・・」

「課長って、わかりやすいですよね。仕事中も潤くんのこと見てたし、さと―――部長が来るたびにイライラして」

二宮が手を洗いながらそう言ってクスリと笑った。

その二宮に俺はちょっとムッとして。

「お前だって同じだろ?」

「ま、そうですね。昨日、気付いたら部長がいなくなってて・・・あの後のこと、気になりませんか?」

「・・・・どうなったって言うんだ?」

「わかりませんけど・・・今日の潤くんの様子からすると、店に戻ったんじゃないですかね」

「店に戻って・・・・松本に会ったってことか?」

「それを、確かめてみますよ」

「え、直接?」

「その方が早いでしょ。どっちも嘘は苦手そうだし。部長はそもそも隠す気もなさそうだし」

「それだよな。あの人、もう少し隠そうとしてくれないと」

俺がため息とともに言うと、二宮がおかしそうに噴出した。

「ふは!あはは!」

二宮がそんな風に笑ったところを初めて見たので、俺はちょっと驚いた。

「確かに!さすが智くんの幼馴染っすね。智くんが課長を信用するのがなんでか、わかった気がしますよ。あの人にそこまではっきり言う人あんまりいないんで、嬉しいんでしょうね」

「・・・・そうかね。ま、とにかく、結果わかったら教えてくれよ。俺はこれから本社に行かなくちゃいけないんだ」

「了解でーす」

やる気があるのかないのか、飄々としている二宮。

それでいて仕事はできる。

本社からの報告では仕事の正確さと速さは部署で一番だったとか。

それがなんでこっちの支社に出向することになったのか。

智くんは、その辺の事情知ってるようだったけど―――



「あ、課長」

部署に戻る途中で、部屋から出てきた松本と顔を合わせた。

「すいません、今課長の机の上に、さっき頼まれた資料を置いておきました」

「お、サンキュ。俺、これから本社に行ってくるから、帰ってきてから見るわ」

「わかりました。あ、なんか雨が降ってきたみたいなんで傘持ってった方がいいですよ。持ってます?」

「マジで?あー、たぶんこないだ持ってきた傘がそのまま置きっぱなしになってるから、大丈夫だよ」

「よかったです。じゃ、気を付けて行ってきてくださいね」

ニコッと笑ったその笑顔に、一瞬くらっとする。

「お、おお、サンキュ・・・・」

すれ違っていく松本の背中をこっそり見送って・・・


―――昨日、俺も店に残ればよかったな・・・・


そんなことをつい考えていた。

 

 

 

 


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