「・・・あなたの好きにしていいわよ。わたしが欲しいのは大野くんだけ」

―――大野・・・・?智・・・・・?

激しい頭痛がしていた。
真っ暗だった視界が、やがてぼんやりと浮かんでくる。
そこにいたのは、健吾とまさみだった。

「―――あ、気付いたみたいだよ」

健吾が俺を見て言った。
俺は体を動かそうとして―――
椅子に座らされ、背もたれの後ろで両手を縛られ、腰や足も紐で椅子に括りつけられていることに気付いた。

「・・・余計なことをしようとするからよ」

そう言ってまさみは俺のことを睨みつけた。

「・・・余計なこと?あんたが、実の弟まではめようとしてたこと?」

そう俺が言った途端、まさみの平手が俺の頬を思い切り叩いた。
乾いた音が部屋に響く。
ここは、あのホテルの部屋じゃなかった。
あの時、健吾は寝室で仲間ではなくまさみに連絡していたのだ。
まさみは客の探偵の協力を経て、ホテルの職員を買収しシーツの回収の振りをして俺を部屋から運び出したのだ。
そして健吾は1人でホテルを出てタクシーを乗り継ぎ刑事のマークを巻き、まさみの自宅へとやってきた。
まさみの自宅には、ホテルから俺を車で運び出した探偵とまさみが待っていた。
探偵はその後すぐに出ていき、まさみと健吾が残っていたのだ。

「ちょっと、もうこの人俺のなんだから、叩かないでよ!」
「・・・俺は、あんたのものじゃない」
「俺のだよ。姉さんが、俺を騙そうとしたお詫びにくれるってさ」

嬉しそうに笑う健吾に、呆れた視線を送るまさみ。

「―――そんな人、好きにすればいいわよ。この人がいなければ、大野くんはわたしのものになるんだから」
「・・・本気でそう思ってんの?」
「いけない?」
「・・・かわいそうな人だね、あんた」

俺の言葉にまさみはぎろりと俺を睨み、拳を握りしめた。

「・・・わたし、もう行くわ。これ以上いるとこの人を殺したくなるから」
「うひゃひゃ、そりゃ行った方がいいわ!じゃ、探偵さんにもよろしくね~」
「・・・まさみさん」

俺の言葉に、部屋を出ていこうとしていたまさみが足を止める。

「あの探偵とは、手を切った方がいい。たぶん、よくない人だと思う」
「は・・・?あなた、彼と会ったことなんかないでしょう?どうして彼のことを―――」
「そんなこと、どうでもいい。直接会ったことが無いからはっきりとは分からない。でも、危ない人だと思う。気をつけた方がいい。あなたに危険が及ぶ前に―――」
「大きなお世話よ!あなたなんかの指図、受けるわけないでしょ!?」

ヒステリックに叫ぶと、まさみは部屋を出て扉を思い切り音をたてて閉めて行ったのだった。

「こ~わ。あ~でも、あの探偵はやばいよね。俺もそう思ってたんだ。あれは堅気の人間じゃないよ」

そう言って健吾はにやりと笑った。

「ま、そんなことはどうでもいいや。ねぇ、潤って呼んでいい?俺ずっとあなたに会いたかったんだよね」
「・・・初対面のはずだけど」
「うんそう、初対面。でも俺はずっと潤を知ってたよ。『ブラックプラム』の潤っていえばホストの世界じゃ伝説的な存在なんだから」
「伝説・・・?」
「そうだよ!ホストの世界に入ってあっという間にトップになって、ナンバーワンだったのにあっさりホストやめて―――そして極め付けがその店の店長とオーナーがあなたをめぐって争って殺人まで起きたっていう・・・・まさに伝説のホストだよ」
「・・・・そんな、伝説なんて言われるようなことじゃない。あれは・・・」
「詳しい内容なんてどうでもいいんだよ。とにかく俺は、あなたにずっと憧れて・・・ずっと会いたかったんだ。でももうホストはやめちゃってるし、半分諦めてたんだ。そしたら、姉貴から大野智って昔の恋人を、ある男から取り返したいって話を聞いて・・・・あなたの名前を聞いてびっくりしたんだ」
「それで・・・すぐに引き受けたのか」

まさみの過去の体験をたどるだけじゃ、そこまで分からなかった。
まさみの話を聞いて、すぐに快諾した健吾。
ただ単に、姉想いの弟なんだと思ってた。
実際に健吾に会って・・・どこか俺が思っていたのと違うとは思っていた。
俺のことを知らないはずなのに、どこかで会ったことがあるような感覚・・・・

「・・・本当にきれいだね、潤」

健吾の手が伸び、俺の頬に触れた。
思わずびくりと体が震える。

「ふふ・・・きれいな肌。男で、こんなに白くてきれいな肌してるやつ、見たことない。俺ね・・・昔から女よりも男が好きだったんだよね。あ、でも女とも出来るよ。つっこむだけならさ、誰だっていいんだ。でもやっぱ男のがいいんだよね。すげえ気持ちいいもん。あんたの中も・・・気持ちいいんだろうな」

健吾がうっとりしたような表情で俺の頬をするりと撫でた。
俺の背中を悪寒が走り、触れられた場所にジワリと汗をかく。

「・・・触るな」
「ふふ・・・大野智だっけ?刑事なんでしょ?写真見たけどさぁ、大したことないじゃん。刑事なんて地味だしさぁ、俺と付き合った方が絶対楽しいよ」
「智のことを、悪く言うな。たとえ、智と別れることがあったってお前となんか付き合わねえよ」

俺の言葉に、健吾の顔が不機嫌に歪む。

「・・・言ってくれるじゃん。でも、すぐにそんなこと言えなくなるよ。ね、2人で気持ち良くなろうよ」

そう言って、健吾が自分の足元に解いていたボストンバッグから取り出したのは、小さな注射器だった。

「これ、さっき打ったんだよ。薄いやつだったから、そんなに効き目なかったけど・・・今度はもっと強いやつ、2人で打ってハイになろうよ」
「やめろ・・・・!」

無邪気に、まるで新しいおもちゃを与えられた子供のように、俺に迫る健吾。
俺はそこから動くことができず―――
ただ、心の中で叫び続けていた。

―――智・・・・・!!




「・・・意外とあっさり片付きましたね」

麻薬密売グループの一斉検挙はことの他スムーズに、その取引現場を抑え10人余りの幹部の逮捕に至ることができたのだった。
だが・・・・

「おい、1人足りねえぞ!高野健吾はどうした!?」

刑事の1人―――長瀬さんの怒号に、最後に駆け付けた松岡さんが応える。

「すまん、ずっと張ってたんだが、途中でまかれた。もうこっちに合流したんだと思ってたんだが―――」
「来てねぇぞ。おい!高野はどうした!!」

長瀬さんが幹部の1人の首根っこを掴む。

「知らねえよ!あいつ、ばっくれやがって!」

長瀬さんと松岡さんが顔を見合わせた。

「まさか・・・ばれたのか?」
「そんなはずは・・・・」
「おい、高野健吾がどこにいるか知らねえのか!」
「知るかよ!!」

長瀬さんに掴まれた幹部がそう答えた時、近くで手錠を掛けられていた若い幹部の1人が口を開いた。

「ねえちゃんの所じゃねえの?」
「ねえちゃん?高野の家族ってことか?」
「ああ。あいつ、最近よくねえちゃんと連絡とり合ってるんだよ。ずっと家族とは会ってなかったらしいけど、半年くらい前に偶然姉ちゃんに会ったとかで・・・・特に最近、その姉ちゃんからよく電話かかって来てたよ」
「その、姉はどこにいる?」
「そこまでは知らねえよ。どこだかのキャバクラでホステスしてるって聞いたけどな。たしか、まさみとかって名前―――」
「―――おい!」

その名前に、俺は思わずその幹部の胸倉を掴んだ。

「大野?どうした?」

松岡さんが慌てて俺を抑える。

「・・・本当に、高野まさみっていうのか?そいつの姉ちゃん・・・」
「あ、ああ、あいつの携帯に電話がかかってきたときに、ちらっと見えたんだよ。『まさみ』って、確かに―――」

―――まさか・・・・

「大野さん」

ニノが俺の顔を見た。

「おい、お前らその女を知ってんのか?」

長瀬さんがイライラと俺たちを見た。

高野健吾が、まさみの弟・・・・?
だが、まさみは潤に行方不明の弟を探して欲しいって依頼してたって・・・・。
半年前から連絡を取り合ってたってことは、行方不明っていうのは嘘・・・・。
どうしてそんな嘘を・・・・?
まさみの弟のところへ行くと言って、連絡が取れなくなった潤。
まさか・・・・
まさみが、潤に何か・・・・・?

「大野さん、高野まさみって・・・・もしかして大野さんの・・・・?」

近くにいた大倉が、話に入ってくる。

「ああ、そうだよ。まさか、この事件に関わってるなんて」
「あの・・・・俺、もしかしたら潤くん、見たかもしれないです」
「は?」
「大倉、どういうこと?」

ニノが大倉の肩を掴む。
松岡さんと長瀬さんは黙って俺たちの会話に耳を傾けていた。

「今日、高野健吾のマンションを張ってた時・・・・近くのカフェに、潤くんに似た人がおるのが見えたんです。でもそれに気付いてすぐに高野健吾がマンションから出てタクシー拾ったんで、そっちの尾行に・・・・でも、ずっと気になってたんです。偶然かもしれないけど、なんで潤くんが―――って」

まさみの弟である高野健吾。
その健吾は警察にマークされていた。
潤が、それに気付いていなかったわけはない。
大倉の仕事を気にしていたのは・・・・だからだとすれば納得がいく。
そして取引現場に現れなかった健吾。
連絡の取れなくなった潤。

これは、偶然じゃない。

俺はスマホを取り出し、まさみに電話をかけた―――



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