高野健吾がマンションから出てきたのは、午後3時を過ぎたころだった。

金髪に近い茶色に染めた髪が肩まで伸び、派手な紫色のスーツに身を包んだ健吾はホストそのものといった風情だった。
俺はカフェの窓際の席に座ったまま、手のひらに小さいデジカメを隠し持ち、健吾の姿をカメラに収めた。
そのまま健吾の姿をじっと見ていると彼をとりまく状況が徐々に見えてくる。

―――まずいな。

俺は、想像していたよりもずっと悪い状況に唇を噛んだ。
これから高野まさみにこの画像を送ろうと思っていたのだけれど・・・・
少しだけ、躊躇する。
この画像を送れば、彼女からどういう返信が来るかは予想がついている。
健吾がホストクラブで働いていることは調査済みということにし、その店の名前も同時に知らせるつもりだった。
そうしたらまさみはおそらく、健吾がはたらくホストクラブへ行って欲しいと言うだろう。
でもそこへ行けばきっと、また刑事たちが張り込んでいるはず。
そこを切り抜けても、中で待ってるのはきっと―――

しばらく思い悩んだ俺は、意を決し席を立った。
デジカメで撮った画像をまさみへメールで送ると、すぐに返信が来る。

『健吾がどんなホストクラブで働いているか調べてください。出来ればお店で働く健吾の写真が欲しいです』

―――やっぱり。
まさみは、俺をそのホストクラブへ行かせたがってる。

そこで何が待ってるか・・・
まさみの企みを知ってる俺は、溜息をついた。
もちろんそのまま彼女の策にはまるつもりはないけれど。
ならば・・・・
やっぱり健吾が店に着く前に、なんとか接触してみるしかない。
警察に気付かれないようにするのは難しいけれど・・・
店に行く前に女と会うだろうから、チャンスがあるとすればその辺か・・・・

こういうとき、もっと特殊な予知能力とかがあったらいいのにと思うこともある。
俺の能力は、会った人の過去のことしかわからないから・・・・。
まぁそのおかげで、2人の立てた計画が分かったんだけど・・・



タクシーで六本木に向かった健吾は、女との待ち合わせ場所に現れた。
もちろん刑事たちが尾行している。
その健吾に女が何かを頼んでいるように両手を顔の前で合わせ話しかけている。
健吾は怪訝そうな顔をしていたけれど、肩をすくめ女の後について歩き出した。
女が健吾を連れて向かったのは近くのホテル。
そのホテルの1室に、健吾とともに入っていく。


「なぁ、出勤前にこんなとこでなにすんの?」

健吾が苦笑しながら女の肩を抱く。

「ごめ~ん、ちょっと頼まれちゃってぇ」
「は?頼まれたって・・・・」
「こんにちは」

そう言って姿を現した俺を見て、ぎょっとする健吾。

「あんたは・・・・!なんで、ここに―――」
「やっぱり、俺のこと知ってるんだね」

俺がそう言うと、健吾ははっと息を呑み唇を噛んだ。

「ねえ、あたしどうしたらいいの?」

健吾と一緒にいた、金髪に派手なメイクの女が口を尖らせた。
派手な柄のボディコンのワンピースを着ているが、おそらく年は30を過ぎているだろうと思われた。

「ああ、ごめん、はいこれ」

そう言って俺は、財布から5千円を出し彼女に渡した。
女はそれをさっと俺の手から取ると、にやりと口の端を上げた。

「サンキュ、じゃあね!」

女は金を受け取るとさっさと部屋を出て行った。

「―――俺が、誰だかわかってるんだよね?お姉さんに聞いたんでしょ?写真も見たんだよね、顔知ってるってことは」

こないだ会った時に、携帯を操作する振りをしながら俺の写真を撮っていたのは気付いていた。

「なんであんたがそれを・・・・?」
「そんなこと、良いじゃん。それよりさ、もうあんたとお姉さんが連絡とり合ってることもわかってるしめんどくさいからこのまま俺とお姉さんのところへ行ってくれない?」
「は?」
「あんたたちの計画ではさ、このままあんたが店に出て、それを俺が追って行って店に着いたらあんたの仲間が出て来て俺を捕まえる・・・的なことだったんでしょ?」
「な・・・・何でそれを」
「で、俺に麻薬使って言うこと聞かせて・・・」
「待てよ!なんであんたそんなことまで知ってる!?姉貴と、何か―――」

顔面蒼白の健吾に、俺は肩をすくめた。

「お姉さんからは何も聞いてないよ。ただ、行方不明の弟を探して欲しいって言われただけ」
「じゃあなんで・・・・」
「そんなことより、あんたの店が警察にマークされてるって知ってる?」
「え・・・・」
「俺をそこで監禁したり、麻薬使ったりすればやばいことになると思うんだけど」
「そ・・・そんな脅し」
「脅しだと思うのは勝手だけど、1ヶ月くらい前に警察にタレコミがあったんだよ。そのタレコミしたの、誰だと思う?」
「し、知らねえよそんなの」
「お姉さんは、知ってたんだろ?あんたがやばい仕事してるって」
「それが、どう―――!!ま、まさか、姉貴が・・・・?」

健吾が目を見開く。

「・・・・最初は、そんな危険な仕事辞めてくれって言われてたんでしょ?なのに、最近は言わなくなった。それは・・・・あんたを更生させるよりも利用してやろうと思ったからだ」
「利用・・・・?」
「そう。更生させることが無理だと踏んだお姉さんは、あんたを利用して、俺をおとしいれようと企んだ」
「そ・・・そんな・・・・」
「でもそれをたきつけた人間がいる。彼女の周りから目障りな人間を排除して自分のものにしようとするやつだよ」
「ちょっと・・・・ちょっと待ってくれよ。なんであんたがそんなことまで知ってるんだよ?」
「信じない?それならそれでもいいけど。今日、このまま店に行けば警察に捕まると思うよ」
「え・・・・?」
「今日、店でちょっと大きな取引がるんだろ?それも警察に知られてるよ。たぶん、その最中の一斉検挙を狙ってる」
「・・・!」

健吾の顔色が一瞬で変わった。
今日の取引のことを知っているのはおそらくグループの中でも幹部の人間だけだろう。
それを俺が知っていたことで、俺の言葉が真実だと知ったのだろう。

「・・・俺は、どうしたらいい?もう警察に目をつけられてるんだろう?」
「うん。尾行もついてるから、このホテルにいることも知られてる」
「それじゃあ・・・」
「もう、逃げられないよ。ただ、その取引を中止してあの店を辞めグループを抜ければ・・・」
「簡単には抜けさせてもらえない」
「でも、抜けなくちゃ。それで、お姉さんの目もさまさせないと。今彼女が一緒にいる男は・・・・あれは、ちょっとヤバいやつだと思う」
「・・・・あんたが、なんとかできんのか?」
「協力してくれるなら、できるだけのことはする」

じっと健吾の目を見る。
実際の年齢は25のはずだけれど、健吾はもっと若く見えた。
童顔で、目も鼻も丸くかわいらしい容姿でホストとしては女性に受けがよさそうな印象だ。
家出をして1人で生きて行く中で、ホストという道を選んだ健吾がその世界でのし上がろうとしてやばい世界に足を突っ込んでしまった経緯は、俺のような能力が無くても想像に容易かった。
それでも、まだ若い今ならやりなおすこともできるだろう。
一度捕まったとしても、初犯なら執行猶予がつく。
そこからまたやり直せば―――
同じホストという仕事をやっていたからなのか、俺はこの健吾という男をそのままにしておけなかった。
優秀な姉と比べられるのが嫌で、親の望んでいなかった高校へ入ったことで親の期待を裏切り、そのまま自分の進む道が見えなくなって家出した健吾。
たぶん、とても繊細な男の子だったんだ。
姉のことは好きだけど、比べられるのが嫌だった。
それはきっと誰でも感じたことがある感情だけど、彼にはそれが耐えられなかったんだ・・・・。



「―――わかった。ちょっと待ってて。店に連絡する。今日の取引、中止してくれって」

そう言って健吾が隣の寝室へ移動する。

俺は自分のスマホを取り出し、翔くんにラインを送った。
すぐに返信が来て、『今どこ?』と聞かれる。
詳しい状況の説明はできないけれど、居場所は知らせておこうと思い、文字を打ち込もうとした時―――

「―――――ッ?」

突然肩に、チクリとした痛みを感じる。

―――なに?

顔だけ後ろを振り向くと、健吾がにやりと笑い、俺の肩に注射器を刺していた。

「―――悪いね。今日の取引は・・・中止するわけにはいかないんだ。大丈夫。警察が、俺以外のやつらを全て捕まえてくれる。俺みたいな下っ端1人くらいいなくても、警察はなんとも思わないさ」
「な・・・にを・・・・」
「大丈夫だよ、すぐに楽になる。あなたのこと・・・まだ帰すわけにはいかないんだよ、松本潤さん」

視界が、大きく揺れた。
スマホが手のひらから滑り落ちる。
体から力が抜け、床に膝をつく。

「ふふ・・・・これで、あなたは俺のものだよ」

健吾の呟きが、とても遠くから聞こえていた・・・・・。




「大倉、まだ戻ってないんだな」

ふと大倉の席に目をやると、大倉とその同じ事件の捜査に当たっている刑事たちが全員居ないことに気付く。

「今頃気付いたんですか。今日は、大事な日らしいですよ。恐らく今日は大きな取引があるんじゃないですか?」
「なるほど。じゃあ、帰りは遅くなるだろうな。てか、応援とかいらねえのかな」
「ああ、そうっすね。もしかしたら声がかかるかもしれないですね」

ニノとそんな会話をしていた時だった。
俺のスマホが着信を告げる。

「潤くんですか?」
「いや・・・翔くんだ」
「翔さん?」

「もしもし」
『智くん?まだ仕事中だった?』
「うん、まぁ。でももう終わるとこだよ。何かあった?」
『いや、まだ何かあったかどうか・・・けど、潤と連絡が取れなくなって』
「潤と?どういうこと?」

『潤』という名前に、ニノが反応してこちらを見る。

『例の、高野まさみに依頼された件で1人で出てたんだ。1時間に1度は必ず連絡するように言って。今、最後に連絡があってから1時間半経ってる』
「まさみの依頼・・・・翔くんは、聞いてるの?」
『ああ。もうこうなったからには言っちゃうけど、彼女の弟探しを依頼されてたんだ』
「弟?」
『うん。それで、その弟の居場所はすでにわかってるらしくて、1人で行くって言って・・・・』
「わかってるって―――」

そのとき、ニノのデスクの電話が鳴った。

「―――はい―――はい、了解。すぐに向かいます―――大野さん」
「え?」
「応援要請です。すぐに向かいますけど・・・・どうします?」

ニノの言葉に俺が躊躇していると、電話の向こうの翔くんがニノの声が聞こえたのか、こう言った。

『潤のことは、俺に任せて。何かわかったら知らせるから』
「―――わかった。任せるよ」

「大野さん、潤くんは―――」
「連絡が、取れないって。大丈夫、翔くんに任せておけば・・・・」

言いながらも、俺は不安だった。
まさみの依頼の件も、俺は内容を知らなかったし、潤がどうしてその弟の居場所を知っていたのか、どうして連絡が取れなくなったのか。
知らないことだらけだった。
でも今は―――

「例のホストクラブで、今夜大きな取引が行われるそうです。先月そのホストクラブのタレコミをしたのと同じ人物らしいやつからのタレコミでわかったとか。今そのクラブに幹部連中が全員集まってるらしいです」

麻薬の売人グループの一斉検挙。
おそらく他の課にも応援要請がいってるだろう。
そんなときに、俺1人抜けるわけにはいかなかった・・・・・。



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