「え、また大倉に会ったの?」
「うん、あのスーパーにいた。仕事で、近くに来たって言ってた」
「へえ・・・。あいつ、今なんの山抱えてんだっけ?」
「・・・智はあんまり知らないんだね、大倉くんが今関わってる事件」
「うん、俺とニノは別の事件捜査してたから。なんか言ってた?」
「ううん、事件のことはなんにも。―――ねえ、明日は大倉くんも一緒にご飯食べるでしょ?なにがいいかな」

帰って来て唐突に大倉の話を始めたと思ったら、今度はまた唐突に明日の夕食の話だ。

「え・・・俺、あいつの好みとかわかんねえよ」
「うん知ってる。中華とか好きみたいだけど・・・・基本何でも食べれるみたい」
「・・・・お前、大倉好きだね」

潤は結構人の好き嫌いが分かりやすい。
クールに見せることもできるけれど、素の状態ではすべての感情が表に出るタイプなのだ。
嫌いな人間に対してはまるで興味を示さないし自分から進んで関わろうとすることは一切しないけれど、好きな人間に対してはかいがいしく世話を焼いたり、何かと興味を持って関わろうとするのだ。

「うん、いい人だもん」
「まあ、それは認めるけど。でもむやみに家に入れたりするなよ?」
「はーい」

でた。
天使みたいな可愛い笑顔と無邪気なお返事。
さらに首をちょこんと傾げると最強の可愛さで相手はイチコロだと、ニノに教えられたらしい。
最近の得意技として頻繁に使われるようになったそれに、俺はまんまとのせられる。

「・・・で、今日の飯は?」
「ハンバーグ!そろそろ、ニノにラインしないと」
「また呼ぶのかよ」
「いいじゃん。2人分も3人分も大して変わんないし。ニノも智もそんな大食漢じゃないしね」
「食費の話じゃねえよ」
「じゃ、なんの話?」
「そりゃあ・・・・お前・・・・」
「ん?」

俺はスーパーの袋を手に持ちキッチンへと向かおうとする潤の手を掴んで引き寄せた。

「―――2人きりで過ごしたいって思ってるのは、俺だけ・・・・?」

潤の細い腰に腕を回し、その大きな瞳を覗きこんだ。
赤い唇に指で触れれば、ピクリと震え揺らめく瞳が熱っぽく俺を見つめる。
頬を撫で、そのまま唇を重ねると、すぐに潤も応えてくれる。

「・・・・ん・・・・っ」

絡まる舌の熱さに、求めてるのは俺だけじゃないと知る。
嬉しくて、もっと求めたくて―――

でも

「コホンッ」

わざとらしい咳払いに、潤がパッと俺から離れてしまう。

―――チェッ

「―――すいませんね、おじゃまして」
「ニノ・・・・早くねぇ?まだラインしてなかったろ?潤」
「いや・・・そろそろかなあと思って様子見に来たら、玄関が開いてたもんで・・・・」
「え。潤、鍵締めなかったの?」
「あ、ごめん、すぐにニノ呼ぼうと思ってたから、締めなかったんだった」
「潤くん、気をつけないと。本当に入ってきたのが俺だったらよかったけどさ」

ニノに注意され、潤が眉を下げる。

「ん、ごめん。あ・・・そうだ、智」
「ん?」
「ニノにさ、合鍵渡しちゃダメ?」
「はぁ?」
「だってさ、ほぼ毎日ここにご飯食べに来るんだしさ、いちいち玄関に出るのも面倒じゃない?」
「つったってお前―――」
「あ、大野さんご心配なく。基本、夕食の時間帯じゃなきゃきませんし、緊急事態以外のときはちゃんと入っていいか確認しますから。俺も、2人の最中に踏み込めるほど心臓強くないんで」
「おいっ」
「ふはは」
「潤!笑い事じゃない!」
「んふふ、ごめんごめん。じゃ、明日にでも作っとくね。あ、ごはんもうすぐできるから待っててね」
「は~い」

潤がキッチンへ行ってしまうと、ニノが大げさに溜息をついた。

「なんだよ」
「いえ・・・やっぱり潤くんは最強だなと思って」
「は?」
「淡い期待なんか、かる~く一息で吹き飛ばしちゃうんですからね。大野智一筋。そんなことわかりきってたんだ。なのに―――」
「おい、ニノ?」
「チックショオォォォ―――!俺としたことが!読みが甘かった!!」

頭を抱え、ソファーに顔を埋めるニノ。
俺はわけがわからない。

「変なやつ・・・。あ、そういやお前、大倉が今なんの事件担当してるか知ってる?」

「大倉?確か、麻薬の売人グループを追ってるんじゃなかったですかね」
「麻薬・・・・」
「ええ。先月タレコミがあって、あるホストクラブを張りこんでるって聞きましたよ」
「そうか」

根気のいる山だな。
まぁ、基本刑事の仕事は根気のいることが多いけれど。
その大倉の担当している山のことを、たぶん潤はわかってるんだろう。
わかっていても、それを俺に話したりはしない。
潤も探偵という仕事をしているし、その辺は暗黙のルールとなっていた。


そして俺たちは潤の作ったハンバーグを食べ、なんだかおかしなテンションのニノと他愛ない話で盛り上がった。
この時の俺は何も知らなかった。
潤とニノの秘密も、潤と彼女の秘密も・・・・



「あ、大倉くん、きた!」

引っ越し業者のトラックに同乗してマンションへやってきた俺を、ちょうど玄関のドアを開けた潤くんが笑顔で迎えてくれた。

「ふふ、車の音が聞こえたから、大倉くんかなって思って出てきた」
「うわ、本当に手伝ってくれるん?嬉しいわぁ」
「今日はもう、仕事終わりだからね。ね、どんどん指示してね、俺何でもやるから」
「マジで?でも結構重いものが―――」
「全然平気!俺、結構力あるんだよ」
「ほんまに?そんなほっそくて折れそうやのに」
「ほんとほんと、大倉くんくらい細い人なら持ち上げられるもん」
「ふはは、それは嘘や」
「本当だって!」

部屋の鍵を開け、中に入ると家具を持って入ってくる業者の人たちに指示をしながら、潤くんをリビングに通す。

「潤くんには、キッチンとリビングの方を見てもらいたいんや。冷蔵庫なんかの配置は決まっとるけど、食器とか鍋なんかのしまい方はいつも適当で・・・ぐちゃぐちゃになってしまうもんやから、料理する潤くんに見てもらえたらええなって」
「あー、なるほど。じゃあ、運んでもらったものどんどん開けちゃっていい?」
「ええよ。やっぱりそういうもんが先に出してあると使いやすいもんね」
「了解。じゃあ、どんどん運んでもらおう」

そう言って、潤くんは手の持っていたタオルをさっと頭に巻いた。
前髪を上げると、きりっとした眉が現れ途端に男らしい表情になる。
細いけれどしっかりと筋肉のついた白い腕もたくましく見え、なんだかいつもの潤くんと違う印象になるのが面白い。
面倒な引っ越し作業も、潤くんと一緒だと思うと楽しい。
このまま、大野さんや二宮くんも来なくてもいいかななんて、ちらっと考えてしまったことは内緒だけれど・・・・。



「大野さん、今日はもういいんじゃないですか?」

デスクで作業していた俺は、いつの間にか隣に立っていたニノの声に顔を上げる。

「ん、そうだな。これ、経理部に持って行ったらもう終わりだよ」
「今日は、大倉の引っ越しの日でしょ?もう潤くんは手伝いに行ってますよね?」
「ん、今日は午後から休みだって言ってたから」
「なら、早く行った方がいいですよ」

ニノの言葉に、俺は書類をまとめる手を止めた。

「―――どういう意味」
「いや、別に深い意味はないです。ただ、潤くんの性格的に手伝うとなったらすごく一生懸命やってくれそうじゃないですか。大倉、大分潤くんのこと気に入ってますからね。そんな姿見たらますます潤くんのこと好きになっちゃうんじゃないですか?」
「お前ね・・・・変な言い方するなよ」

大倉は別にゲイじゃない。
今はいないみたいだけど、もともともてるから、付き合ってきた女だっていろいろいたって聞いたことある。
どんなに美人だって潤は男なんだから、そうそう間違いなんか起きないだろう。
ニノの心配をよそに、俺はいつもより少しだけ早めに仕事を終えると警察署を出たのだった。


最寄りの駅まであと少しのところだった。

「大野くん!」

後ろからかけられた声に振り向く。
そこにいたのは・・・

「え・・・まさみ?」
「偶然ね!そういえば、この近くだったわよね」
「ああ、うん・・・・まさみは、なんで・・・?」

まさみの病院はここから2駅ほど離れたところにあるし、まさみの自宅は確か逆方向じゃなかったっけ・・・?

「ちょっと用事があって、たまたまきたの。まさか大野くんに会えるなんて思わなかったわ。ねぇ、よかったらちょっとお茶でもどう?」
「え・・・いやでも、俺これからちょっと用事が・・・」
「あら、わたしもよ。だから、ちょっとだけ。30分くらい、時間つぶせたらいいなと思ってたの。ね?付き合って」

にっこりと微笑まれ、なんとなく断りづらくなってしまった。
まぁいいか。
30分くらいなら・・・。


「大野くん、まだあのとき住んでたマンションにいるの?」
「うん、いるよ」

俺たちは駅に近い喫茶店でコーヒーを飲みながら話していた。
まさみは相変わらずきれいで、でも心なしか化粧やきている服が前よりも派手になったような気がした。

「怖くないの?あんな事件があったところなのに」
「怖くはないよ。だって、もう犯人はいないし」
「大野くんらしいわね。わたしだったら怖くて引っ越しちゃうけど・・・。そういえば、記憶も戻ったんですってね。あの、松本さんの・・・」
「え・・・何でそのこと・・・・」

まさみとは、まだ記憶を取り戻す前、電話で話をしたいらいだ。
潤の記憶が戻ったことは話していないはず・・・・。

「あら、聞いてない?わたし一昨日、松本さんに会ったのよ」
「は・・・一昨日?」

なんだそれ。
まったく聞いてねぇぞ。

「お友達の家に遊びに行った帰りだったんだけど、スーパーから出てきた松本さんに偶然会って・・・。そこで、聞いたのよ。あなたの記憶が戻って、通常のお仕事に戻ったって」
「あ・・・・そうなんだ・・・」
「それで、その松本さんと一緒に住んでるんですってね?」
「ああ、うん・・・・」

まさみが話すのを、俺は上の空で聞いていた。
どうして潤は俺に言わなかった?
まさみとのことはちゃんと話をしているし、今更隠すことなんて何もない。
そのまさみと偶然会ったという話を、どうして俺に言わなかったんだろう?

「大野くん聞いてないの?あら、じゃあわたし、もしかしてまずい場面で会っちゃったのかしら?」
「まずい場面・・・?」
「その時松本さん、若い男の人と一緒にいたの」
「若い・・・ああ、大倉かな。俺の後輩の刑事なんだけど、その日偶然会ってそのまま家に一緒に来たから」
「あ、じゃあその人かしら。松本さんとすごく仲よさそうで・・・・寄り添って歩いてたから、友達かな?って思ったんだけど」
「寄り添って・・・・?」

ちょっと待て。
あの時点で大倉と潤はほぼ初めてしゃべるレベルで、ただの顔見知り程度の仲だったはず。
寄り添って歩くような仲では絶対なかったはずなのに・・・・
どういうことだ・・・・・?




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