「・・・大変なことになったな」

俺は警察病院への転院手続きを終え、病室でテレビを見ていた。
殺人の容疑で追われていた林直也の友人宅で、事件が起きたというニュース。
部屋の中一面は血の海で、しかしそこには誰もいなかったという。
その血が誰のものなのか、鑑定をしてみなければわからないということだった。
その後俺に付き添っていた新人刑事の増田からの報告で、林が大学時代の友人である酒井雄一という男の家に匿われている疑いがあるということで松岡さん、ニノ、もう1人の新人刑事で酒井の自宅へ行ったところ、本人も林も不在で、部屋がニュースで言っていたようなありさまになっていたということを聞いた。
俺は事件の当事者ではあるが現場にはいられないのと当時の記憶があいまいになっていることで事件の経緯がよくわかっていなかった。
一体、何がどうなっているのか・・・
そしてもう一つ気になっているのが―――

『二宮さんからの伝言です。今日の夕方ごろ、松本潤さんがお見舞いに来るとのことです』

増田の言葉に、俺は目を瞬かせた。

「は?松本くんが?どうして?」
「さぁ、俺に聞かれても・・・・」

また、彼に会うのか・・・・
俺が、どうしても思い出せない人物。
なんとなく、気が重い。
彼の、あの大きく潤んだ瞳に見つめられると、なんとも変な気持ちになるんだ。
ドキドキ、そわそわ・・・・。
男相手にどうしてそんな風に感じてしまうのか・・・・。

「・・・・会いたいような、会いたくないような・・・・」
「誰に会いたいの?」

突然近くで声がして、俺は思わず驚いて体を起こそうとしてしまい、途端に傷口に痛みが走る。

「いってぇ!」
「何してんのよ」

いつの間にか部屋に入って来てたのは、暖かそうなオフホワイトのニットワンピースを着て、仕事中は一つにまとめている髪を長く肩まで垂らしたまさみだった。

「まさみ・・・あれ、今日仕事じゃなかったのか?」
「今日は夜勤だから」
「あ、そうなんだ。でも、それなら家で寝てた方がいいんじゃねえのか?疲れるだろ」
「心配してくれるの?相変わらず優しいね」

うふふと笑うまさみに、なんだか照れる。

「ね、それより何か食べたいものとかないの?買ってきてあげるよ?」
「いや、さっき昼飯食ったばっかだし、大丈夫だよ」
「そう?それならいいけど・・・あんまり事件のことばっかり気にしてると体に良くないんじゃない?入院してる時くらいゆっくり休みなさいよね」
「ああ、うん。わかってるんだけどさ・・・やっぱり自分が関わってる事件だし」
「・・・犯人、まだ捕まらないのね。でも、ここは安全なんでしょう?」
「うん、ここは大丈夫。それに俺はたまたま止めに入って刺されただけだから、また狙われることはないと思うし」
「そうなの?ねぇ、わたし良くわからないんだけど・・・・ワイドショーでは、奥さんと他の男性が一緒にいるところを見て逆上した夫が包丁で刺そうとしたって言ってたけど、その男性って・・・あの、松本さんなの?」
「・・・何でそう思った?」
「だって・・・・事件のとき、あの場に居合わせたんでしょう?そんな話、してたじゃない?」
「・・・そうだっけ」
「そうよ!彼、もてそうだし・・・なんかそういう危うい雰囲気あるなあって思ってたの。だから、その奥さんと不倫関係で―――」
「違うって!!」

突然俺が大きな声を出したため、まさみが驚いて目を見張った。

「大野くん?どうしたの?」
「あ・・・ごめん・・・いや、それ違う・・・から」
「そうなの・・・?あ、ごめん、わたしてっきり・・・」
「いや、いいんだ。あ・・・ごめん、やっぱりコーヒーかなんか買って来てもらっていい?」
「あ、うん、わかった。今買ってくるから待っててね」

まさみが病室から出て行くと、俺は大きく息を吐き出した。

―――何やってんだ、俺・・・・。

松本潤のことを考えると、心が落ち着かない。
彼は、いったい俺にとってどういう存在だったんだろう・・・・。



「・・・退院したら、捜査に加わるの?」

まさみの言葉に、俺は首を傾げた。

「どうかなあ。当事者だし、まだ無理はできないし。記憶があいまいな分、協力できるかどうかだって怪しいもんなぁ」
「ちょっと、ずいぶん他人事みたいな言い方するのね」
「そんなこと言われてもさ。まだ何にも聞いてねえし。たぶん今はそれどころじゃねえと思うんだよ。だから俺は、なるべくみんなの足を引っ張らないようにしたい」
「もう・・・大野くんってば、相変わらずなのね」

そう言って、まさみが溜息をついた。
まさみはベッドの横にパイプ椅子を持って来て座っていた。

「なんだよ、相変わらずって」
「のんきっていうか、マイペースっていうか・・・・。それからすごいお人好し。今きっと、この場に犯人が現れても、『ごめん』って謝られたら笑って許しちゃいそうだもの」
「まさか、そんなことねえよ」
「あるわよ。そういうとこ、心配になっちゃう。なんか・・・・傍についててあげなきゃって思っちゃうのよ」
「ええ?なんだよそれ。俺子供じゃねえぞ」
「バカね、そういう意味じゃないわよ」
「は?じゃあ、どういう―――」

突然まさみが椅子から腰を浮かし、俺の首に手を回し顔を近づけてきたので、俺は言葉を途中で止めた。

「ま・・・・」
「わたし、大野くんが好き」
「え・・・・・」
「ずっと、忘れられなかったの。あのあと自然消滅みたいに会えなくなって・・・・でも、ずっと好きだった」
「まさみ・・・・」
「ねぇ・・・・今はわたしたち2人とも、学生じゃないわ。わたしも、あの時みたいにただの憧れで結婚したいなんて、言わない。すぐに結婚なんかできなくてもいい・・・・もう一度、やり直したいの・・・」

まさみの熱っぽい瞳が俺をまっすぐに見つめていた。
息がかかるほど近い距離に、まさみのきれいな顔。
俺は、どう答えていいかわからなくて・・・・

「大野くん・・・・好き・・・・」

まさみの瞳がゆっくりと閉じられ、顔が近づき、あと数ミリで唇が触れようというところ―――

俺は無意識に、まさみの肩を掴みそれを止めていた。

「大野くん・・・・・?」

まさみの悲しげな瞳が俺をとらえる。

「ごめん・・・・俺・・・・」

カタン

いつの間にか、扉が開いていた。
そこに立っていたのは

松本潤

「あ・・・・ごめん・・・・ノックしたんだけど・・・・」

松本くんが気まずそうに顔をそむけた。

「あ、いや、いいんだ。ごめん、わざわざ来てくれたのに―――」

まさみがゆっくり俺から離れると、微かに笑みを浮かべて潤を見た。

「お見舞いに来てくれたんですか?わざわざ、大変な時なのに・・・・」
「いや・・・・俺はなにも・・・・ただ、さと・・・大野さんの怪我が気になったから・・・・」
「ですって。松本さんって優しいのね。ね、大野くん」
「あ・・・うん、ありがとう。ニノから、お見舞いに来てくれるってことは聞いてたんだけど、夕方って聞いてたから・・・・早かったね」

俺の言葉に、松本くんはちらりと俺の方を見たけれど、またすぐに俯いてしまった。

「・・・・ニノは、今日はもう来れないって・・・」
「ああ、大変なことになってるみたいだね。俺も早く戻りたいけど・・・」
「無理、しないで。怪我をちゃんと直さないと・・・」
「そうよ、大野くん。あなたはしっかり怪我を直さなくっちゃ」
「わかってるって」
「本当かなあ」
「・・・・あの、俺、もう帰ります」
「え・・・もう?」
「あの、わたしももう帰りますから、松本さんはもう少しゆっくりしてらしたらいかがですか?せっかく来てくださったんですし―――」

慌てるまさみに、松本くんは首を横に振った。

「いえ・・・ちょっと顔を見に来ただけですから。また・・・来ます。じゃあ」
「あ・・・・」

止める間もなく、松本くんは部屋を出て、扉を閉めて行ってしまった。

「・・・気を使わせちゃったのかしら」

まさみの呟きに、俺は何と言っていいかわからなかった。

「・・・わたしも、もう本当に帰るわね。また・・・・来てもいい?」
「いいけど・・・・まさみ、俺・・・・」
「じゃあ、また来るわね。無理して動かないで、何かあったらすぐにナースコールするのよ?じゃあね、お大事に!」

俺の言葉を遮り、一方的にそう言って手を振ると、あっという間に部屋から出て行ってしまった。

俺は1人病室に残され・・・・

「・・・・んだよ・・・・」

溜息をつき、窓越しに外を見つめる。

2階の病室からは、病院のエントランスが見える。
ちょうどそこに、松本くんが出てきたところだった。
黒髪が風になびき、白くきれいな項が見えた。
なんとなく肩を落とし、元気がないように見えた。
その姿に、俺の胸が痛む。

―――もっと、話したかったな・・・・

そんな風に思った時。

病院の目の前の通りに見覚えのある車が止まり、運転席から翔くんが出てくるのが見た。
翔くんはすぐに松本くんに気付き、軽く手を振り駆け寄った。
松本くんはそこで立ち止まり、駆け寄ってきた翔くんに何かを話しているようだった。
翔くんは松本くんの話を真剣に聞いているようだったけれど―――

ふと、優しい笑みを浮かべたかと思うと、翔くんは松本くんの頭を優しく撫でた。
まるで、愛しいものに触れるように、優しく・・・・・

その瞬間、俺の胸がずきんと痛んだ。

―――どうして、翔くんが彼に触れるんだ・・・・?

やわらかそうな松本くんの髪を、何度も優しく撫で・・・・
そして、翔くんは松本くんの肩を優しく抱くとそのまま車へと戻っていった。
その後、まさみも病院を出てタクシーに乗る姿が見えたけれど―――
俺の頭の中には、さっきの2人の姿が焼き付いて離れなかった。

「・・・いってぇ・・・・」

痛んだのは、傷口じゃなかった。
俺は、胸を手で押さえた。

胸が、痛い。

さっきの光景を思い浮かべると、どうしようもなく・・・・・。

彼の顔が見たかった。
後ろを向いていて、どんな表情をしているのかわからなかった。
翔くんに頭を撫でられて、彼はどんな顔をしてた?
肩を抱かれて、どんな気持ちになった?
それを考えただけで、俺の胸は張り裂けそうに痛かった・・・・・。



にほんブログ村
ランキングに参加しています♪お気に召しましたらクリックしてくださいませ♪


拍手お礼小話はこちらから↑