「あ、智くんいらっしゃい」

見知った顔の来店に、俺は自然と笑顔になる。
さっきまでイライラした気持ちが頭に渦巻いていたからちょうどよかった。

「智!来てくれたんだ!」

キッチンで店に出す料理を作っていた潤が顔を出し、嬉しそうに笑った。

「潤がメールくれたから。うまいもん、作ってくれるって」

そう言ってにこにこと笑いながら、智くんはカウンターに座った。
智くんは俺たち兄弟の幼馴染で、今は画家として活躍していた。
自宅から離れたところにアトリエを借り、実家とアトリエを行ったり来たりする生活でとても忙しそうだ。
俺の1つ上の智くんとは家も近かったし昔から仲が良かったけれど、画家として活躍し出してからはあまり会うこともなくなっていた。

3つ下の弟の潤は智くんにとてもなついていたからちょっと寂しそうで・・・・
この店がオープンしたら、絶対智くんに来てもらうんだと言っていた。
自分の作った料理を食べてもらいたいんだと。

「パスタとスープと、あとサラダでいい?」
「ん」
「すぐ作るから、ちょっと待ってて」

潤がキッチンへと入り姿が見えなくなると、俺は智くんの前にカクテルを置いた。

「―――どうぞ。忙しいのに、悪いね」
「んにゃ、本当はオープン当日に来たかったんだよ。急に仕事が入ったりしなけりゃ・・・・。潤、がっかりしてなかった?」
「はは、まぁ、ちょっとね。でも大丈夫。智くんからの、必ず行くってメール見ながら、超嬉しそうにしてたから」
「ならよかった」

智くんが、カクテルを口に含みおいしそうに頷く。

「―――で、翔くんはどうしたの?」
「え?」
「なんか、イライラしてるでしょ?」
「・・・相変わらず、鋭いね」
「ふふ」

のんきそうに見えるのに、感覚が鋭いって言うか・・・・
この人には、昔から敵わないんだ。
潤のことだって・・・・・

「潤に、何かあった?」
「・・・・この店の前に、ペットショップがあったでしょ?」
「ん~?あったっけ?」
「あるんだよ、小さいけど、ぺットショップが。仔犬が何頭かショーケースに入れられててさ。ちゃらそうな若い男と、犬みたいな顔したやつが働いてんだけど」
「犬みたいなやつが、ペットショップで働いてんの?」

智くんがおかしそうに笑う。

「そう!いや、そこはどうでもいいんだけど、とにかくそのペットショップにいる柴犬の仔犬が可愛いって、潤が毎日のように通ってて・・・・」
「へえ。潤、動物好きだもんね。懐かれないけど」
「うん。まぁ、動物が好きなのはいいことだと思うし、ただ見てる分には何の問題もないんだけどさ・・・・」
「そうじゃないの?」
「・・・今日、あいつ店の中まで入っててさ。その柴犬抱っこさせてもらってんの」
「へえ、良いじゃん」
「よくないよ!抱っこってさ、その、ちゃらい店長が抱っこしてる柴犬を、その店長の手の上からあいつが抱いてんだよ?手が、触れ合ってんだよ?それなのにあいつは嬉しそうに笑ってるし、その店長は顔真っ赤にしてるしさ!おかしいだろっつーの!」
「翔くん、落ち着いて。・・・ふーん、そんなことがあったんだ。その店、俺が来る時にはたぶんもう閉店してたよ。見たかったなあ、そのちゃらい店長と犬みたいなやつ」

俺は智くんに話したことでちょっと胸がすっきりしていた。
そこへ、潤が料理を持って出てきた。

「お待たせぇ、なに話してたの?なんか、翔くんの声がすげえ聞こえてたけど」
「え・・・」

やべえ、つい興奮して声が大きくなってたのに気付かなかった。

「や、何でもねぇよ。何作ったの?ペスカトーレ?」

智くんが自然に話をそらし皿の中を覗きこむ。

「うん。それからコンソメスープと生ハムのサラダ」
「うまそう!食べていい?」
「もちろん、召しあがれ」

「・・・・うん、うまい!やっぱ潤の作るもんはうめぇなぁ!」
「んふふ、よかった」

嬉しそうな潤の笑顔に、智くんも嬉しそうに笑う。
この2人は昔からそうだ。
お互いに大好きで、潤は大事なことは兄貴の俺よりも先に智くんに相談するし、智くんも自分の親よりも先に大事なことを潤に報告してる。
そんな2人のなかよしっぷりに、俺がちょっと拗ねてたりすることなんて潤は気付かないけど、智くんはお見通しで。

「・・・潤、犬飼いてぇの?」
「え?あ、ペットショップ、見た?」
「んにゃ、もう閉まってたけど、犬いるんでしょ?」
「うん、あのね、柴犬の仔犬がいるんだよ!超可愛いの!今日初めて抱っこさせてもらってぇ」
「へえ、触らせてもらったんだ?」
「うん、そこの店長さんがいい人でさ、同じ年くらいだと思うんだけど、今日声かけてくれたの。超優しい感じの人だった」
「ふーん・・・・仲良くなれそう?」
「え~、それはわかんないけど、でも嫌な感じの人ではなかったよ」
「・・・・潤」
「ん?なに?智」
「今度俺も一緒に行く」
「え?ペットショップに?」
「うん。柴犬、見に行く」
「ふは、わかった。じゃあ一緒に行こうね」

と言って潤は嬉しそうに笑っていたけれど。
俺は気付いてしまった。
智くんの目が笑っていないことに―――




「あ、おはようございます」

朝、開店前に店の前を掃除していると、後ろから声をかけられた。

「あ・・・おはようございます。あれ?ずいぶん早いですね」

相変わらずきれいな顔で可愛らしく笑う松本さんに、なんだかドキッとしてしまう。
相葉さんに知られたら怒られるなぁ、なんて思いながら

「実は、昨日幼馴染が店に来てくれて、盛り上がっちゃって―――さっきまで飲んでたんです」
「あー、なるほど。これから帰るんですか?」
「はい。幼馴染と一緒に―――」

「―――犬」

ぼそっと呟く声が松本さんの後ろから聞こえて来て、驚く。

―――犬?

まだ店を開けてないから犬も見えないはずだけど・・・・

そんなことを思っていると、松本さんの後ろから眠そうな顔をした小柄な男が現れた。

「智」

松本さんがその男を見て嬉しそうに笑う。

「あ、この人が俺の幼馴染で、大野智。智、この人は―――」
「・・・二宮和也です」
「ペットショップの店員さんだよ」
「・・・犬」

大野という男が、また俺を見て言う。

「まだ開店前だから、見れないよ。智、ちょっと急がないと仕事に遅れちゃうんじゃない?」
「・・・ん」
「じゃ、いこ。―――あ、二宮さん、今日はうちの店が休みだからいけないけど、明日、またお店に行きますって、相葉くんに伝えといてくれる?」
「・・・はい」

俺にひらひらと手を振りながら大野さんと一緒に行ってしまう松本さん。

―――犬って、もしかして俺に向かって言った?あの男。

ずっと俺の顔を見ていた大野という男の顔を思い出す。

「―――犬じゃねーよ、バーカ!」
「へ?ニノ、犬なの?」
「うわっ、いつの間にそこにいたんだよ、びっくりすんだろ?」

まるで亡霊のように俺の後ろに立っていた相葉さんにびっくりする。

「なんだよぉ。それより、今行ったのって松本くんじゃなかった?一緒にいたの誰?なんでこんな時間にここにいんの?」
「いっぺんに聞かないでよ。松本さんの幼馴染だって。店に来て飲んでたら盛り上がって、さっきまで飲んでたって言ってたよ」
「マジで・・・?」
「で、今日は店が休みだからこないけど、明日はまたうちの店に来るってさ」
「ほんと?やった!」
「・・・あんまり喜んでもいらんないんじゃないの?」
「なんで?」
「一緒にいたやつ・・・・なんか、感じ悪い」
「え、そうなの?でも、松本くんの友達なんでしょ?」
「幼馴染だよ」
「おんなじじゃん。なら、大丈夫だよ」

にっこりと笑う相葉さんに、俺は溜息をついた。

「・・・・あ、そ」

松本さんのお兄さんのこともあるし。
なかなか手強そうな気がするんだけど・・・・
でも・・・・

俺はちらりと相葉さんを見た。

今日も元気に明るくペットショップの店長さんを務めるこの人の、想いがいつか通じるといい。

そんな風に思いながらも、松本さんの可愛い笑顔を思い出してドキドキしてしまう自分をごまかすように、俺はまた掃除を再開したのだった・・・・。




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