「潤・・・・」

潤の柔らかい唇に何度も深いキスをして、潤のシャツの下に手を滑り込ませる。

滑らかな肌に手を這わせると、潤の体がピクリと震えた。

「ぁ・・・・」

潤の口から洩れる吐息に、早くも俺自身が昂ってきたのを感じそういえば潤を抱くのは久しぶりだったと思い出す。
個展の準備に追われ、2人きりの時間をゆっくり作ることもしていなかったんだと・・・・

「潤・・・愛している・・・・」
「智・・・・ッ、ぁ・・・・ッ?」
「え・・・潤?」

潤が、突然体を強張らせ、目を見開いた。

「さ・・・とし・・・・」
「潤?大丈夫か?」

まさか・・・・霊が・・・・?

「ごめん、俺・・・・できない・・・・」
「え?できないって・・・・それどういう・・・・」
「あの人が・・・・させないって・・・・」
「―――はぁ!?」





「させない?」

大学の食堂でランチを食べながら、俺はカズに昨日のことを話していた。

「そう言ったの?その、霊が?」
「うん・・・・急に頭の中に声が響いて・・・・そしたら体が動かなくなっちゃったんだ。本当に、智が触れるだけで体が拒否反応しめして・・・・」
「うわ・・・・それは、大野さんショックだっただろうね」

カズが珍しく智に同情するように眉を下げた。

俺も昨日の智の顔を思い出し、溜息をついた。

『・・・マジで?じゃあ・・・・そいつを追い出すまで、俺潤に触れられないの・・・・?』

俺だって、いやだ。
個展の準備中は智も忙しくて、なかなか愛し合う時間もない。
精神的にも追い詰められるからそういう気分になれないっていうのもあって、昨日は貴重な時間だったのに・・・・。

「なるほどね・・・・。それで、早速今日錦戸の家に行くことにしたんだ?」
「うん。本当はバイトが休みのときにと思ってたんだけど・・・・今日、とりあえずバイトに行く前に行ってみようと思って」
「で、俺がついていけばいいのね?」
「うん。智はその時間、画廊の人と会うことになってるからどうしても行けなくて。本当は行きたがってたんだけど・・・ごめんね、カズ」
「全然、俺暇だし。あの錦戸が、潤くんに悪さしないように見張ってないと」
「誰が悪さするんやて?」

ふと気付くと、亮がランチの乗ったトレイを持ってカズの後ろに立っていた。

「あー・・・・インチキ霊媒師?」

カズの言葉に、亮の眉がピクリとつり上がる。

「インチキやないわ!」
「だって、あんだけ偉そうなこと言ってて昨日は全く駄目だったじゃん」
「それは、場所が悪かったんや!今日は絶対おいはらったるわ!」
「そうなることを願うよ。潤くんが連れていかれないように」

2人の視線がバチバチと交錯する。

なんでこの2人はこんなに仲悪いんだろうなあ。
意外と、性格的には気が合いそうなのに・・・・・

俺は首を傾げたのだった・・・・。






「亮!お前たまにはうちの手伝いを―――お、お客さんか、失礼・・・・」

神主の装束を身につけたスマートな中年の男性がその部屋に入って来て、俺たちを見て目を丸くしていた。

「あ、すいません、おじゃましてます」

潤くんが慌ててぺこりと頭を下げると、その男性はぽかんと口を開け潤くんを見つめた。

「なんちゅうアホづらしてんねん。潤くん、これ、俺の親父。親父、このイケメンがこないだ話した潤くんや。で、隣が潤くんの幼馴染の二宮くんや」
「あ、さよか。いやぁ、えらいオーラ持ってるなあ、潤くんは。話は亮から聞いてるから、ゆっくりしていきなさい」
「あ、ありがとうございます・・・」



「ところで、なんであんたたち関西弁なの?代々この神社の神主やってるんじゃないの?」

錦戸の親父さんが部屋を出ていくと、俺は疑問に思ってたことを聞いてみた。

「ああ、うちのおやじは小さいころ関西の親戚の家でずっと暮らしてたって言うてた。こっちは兄貴の方が継ぐことになっとって、子どものいない親戚の家で、親父を後継ぎとして育ててたって。せやけど、親父の兄貴が病気で40になる前に亡くなってしもうたもんやから、ここに戻ってくることになったんや。向こうの家は別のまた遠い親戚の子を後継ぎとして養子に迎えて・・・ま、向こうのじいさんたちまだぴんぴんしとるしこっちの方が切羽詰まっとったから快く送り出してくれたみたいやけど。5歳くらいに向こう行って戻ってきた時にはもう38歳になっとって、向こうで結婚もしてたし俺も生まれてたっちゅうわけや」
「なるほど。長々と説明ありがとう」
「なんやねん、感じ悪!」
「もっと簡潔に言ってくれたらいいのに」
「簡潔やったやん!なぁ、潤くん、わかりやすかったやろ?」

と、どさくさに錦戸が潤くんの手を握るから、俺はばちんとその手をはたいた。

「いったー!何すんねん!」
「気安く触るんじゃないよ!潤くんはお前のもんじゃないんだから!」
「・・・知っとるわ。そんなこと」

錦戸がぷいっと顔を反らせた。
―――あれ?なんか・・・

「あ~もう、そんなんええからはよはじめよ!」

そう言って、錦戸はどすどすと足音を立てながら、部屋の真ん中まで行って止まった。

「潤くん、ここに来てくれるか?」
「あ、うん」

潤くんがちらりと俺の方を見てから、錦戸の隣へ行く。
錦戸は潤くんから2歩程離れると、そこへしゃがんだ。

「そこに座って、目ぇ瞑って」
「ん」

潤くんが錦戸の向かい側にしゃがみ、言われたとおりに目を瞑る。

俺は、部屋の壁に寄りかかって2人の様子を眺めていた。

神社の中にいるせいか、部屋の空気までが外とは違う気がして、装束姿の錦戸が妙に神々しく見える。

2人の間の空気がピンと張りつめ、近づけないオーラを感じる。

そういえば、さっき錦戸の親父さんが言ってたな。

―――えらいオーラ持ってるなあ、潤くんは―――

潤くんのオーラ・・・・それは、目には見えないけど確かに感じることができるもののような気がした。
少なくとも、俺や大野さんには、潤くんのオーラを感じることができた。
そしてたぶん、錦戸も・・・・。



『―――あんたと話すことは、何もない』

あいつが、潤くんの体を使って声を出す。
目つきまで変わってしまうその光景に、俺の胸が締めつけられる。
以前お姉さんのなっちゃんが潤くんの中に入っていた時。
あのとき、潤くんはとても辛そうだった。
大好きだった姉を亡くした苦しみ。
姉の恋人を好きになってしまった苦しみ。
その姉が中にいることによって衰弱していった潤くんの体。

あんな辛そうな潤くんの姿は、もう見たくない・・・・・。

「あのな、あんたが潤くんの中にいることによって、潤くんが苦しむねん。自分の体が思い通りにならんのやから。あんた、潤くんが好きなんやろ?好きな人が苦しんでんのに、平気なんか?」
『―――あんたには、関係のないことだ』
「関係ないことない。潤くんは俺の友達や。友達が苦しんどるのを見るんは辛いんやで」
『友達?』

あいつが、にやりと笑った。
人を見下したような、いやな笑い方だ。

『あんたは彼を、友達とは思ってないだろう?彼のことが好きなんだ。異性に抱くような感情を、彼に抱いてるんだろう?俺と同じように!』
「・・・・だから、なんや。今、俺の気持ちは関係ない。大事なんは潤くんの気持ちや。潤くんは、俺に恋愛感情は持ってへん。けど、友達とは思うてくれとるんや。俺は、それだけで十分や」

錦戸の言葉に、あいつがちょっと目を見開く。
俺も驚いていた。
友達で十分?
いつからそんなに謙虚になったんだ?

「・・・・潤くんは、優しい。あんたの身の上話を聞いて同情してくれたんやろう?」
『・・・・・』
「けど、それはあくまでも同情や。潤くんの大事な人は・・・・大野さんや。あんたも会っただろう?潤くんと大野さん。2人の間に割り込むことなんて、無理なんや」
『・・・・俺は、彼とずっと一緒にいる。彼はもう、俺のものだ』
「そんなんしたかて、潤くんの心はあんたのものにはならんよ?潤くんの心は、大野さんのもんや。あんた、そのまま潤くんの中におったら大野さんとずっと付き合ってくことになるんやで」
『・・・・あの男に、彼には触れさせない。触れられなければ、じきに別れる』
「そんな、簡単な絆やない。たとえ触れられなくたって、2人は別れたりしない。あんた、それに耐えられんのか?」

にやりと笑う錦戸。
あいつは悔しそうに歯ぎしりをして、錦戸を睨みつけた。
顔は真っ赤で、体は怒りに震えていた。

『俺は絶対に・・・・絶対に彼から離れない!』

ばちんと、何かがはじけるような音がして、空気が一瞬固まったように張りつめ―――

「潤くん!」

その場に崩れるように倒れ込んだ潤くんに駆け寄る。

「潤くん!しっかり!おい、錦戸―――!」

錦戸はびっしょりを汗をかき肩で息をしていた。

「くっそ・・・・また、逃げられてしもうた」
「錦戸・・・・潤くんは」
「あいつがまた潤くんの中に隠れてしまったから・・・・大丈夫やと思うけど、こんなこと何回も続けたら潤くんの体力が心配や」
「・・・あいつの、身の上話がどうとか言ってたけど」
「ああ・・・・調べたんや。あの大学の卒業生やら職員らなんかについてな」
「そんなこと、わかんのか?」
「馬鹿にせんといてや。これでも悪霊払いではちょっとは成果を上げてるんやで。金持ちの顧客もおるし・・・普通の人には知りえない情報なんかも知りたいと思えば教えてくれる人がおんねん」
「へえ・・・・で、あいつはどういうやつなの」
「ちょっと待って。潤くんこのままにしたらあかんやろ」

そう言って、錦戸は俺に抱きかかえられている潤くんを心配そうに見つめた。
その目は本当に心配そうで、愛しそうで・・・・
こいつも、俺と同じなんだと、初めて親近感というものを覚えた。

「俺の部屋に運ぼう。話の続きもそこでしたらええ」
「わかった」

俺は頷き、錦戸の手を借り潤くんを背中に背負うと、その部屋を出たのだった・・・・・。




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