「睡眠薬を飲まされてたらしい。それで水を掛けられて、一番強い冷房の風が潤の体に当たるように風向きも固定されてたって」

病院の個室で寝ている潤の横に座っている俺に、翔くんが説明してくれていた。

「―――確実に死ぬ方法じゃない。もちろん長時間あのまま放置されていれば命の危険もあっただろうけど―――。でも携帯の履歴は消されてたけど、電源は入ったままだった。潤の仕事を知っていれば当然携帯から居場所を調べられることだってわかるはず。とすれば―――」

「―――犯人は、潤を殺すつもりはなかったってこと?」

「そうだね。ただの脅しって可能性もある。どっちにしろ、潤が意識を取り戻せば・・・・」

潤は、あれから3日間眠り続けていた。
濡れた体に冷房の風を長時間受けたことで低体温症になっていたが症状は軽く、命に別条はなかった。
また、手首に手錠を掛けられ半身が吊るされたような状態だったことで手首に痣が残っていたが、それ以外には暴行のあともなかったのだが、なぜか意識だけが戻らなかった。

俺は、今のところ捜査に参加はしていなかった。
潤との関係は隠していたが、遠い親戚で今は一緒に住んでいるということになっていた。
過去の事件で潤のことを知っているものもいたが、それがきっかけでお互いの素性を知ったということにしていたので問題はなかった。

ただ、潤の関係者ということで捜査への参加はさせてもらっていなかったのだ。

でも今の俺にはそれがありがたかった。
とにかく、潤の傍にいたかった。
潤が目覚めたときに、俺が傍にいなきゃいけないと思ったんだ。


「また何かわかったら知らせるよ。智くんも、ちゃんと休んでね」

翔くんの言葉に、俺はちょっと笑った。

「大丈夫。今、何もしてないからほぼ休んでるのと一緒だよ」

「・・・それならいいけど。じゃあね」

「うん、ありがとう」




「・・・・潤、翔くん行っちゃったよ」

俺は、潤の前髪をそっと撫でた。

「潤の大好きな翔くん・・・・。本当は翔くんも、ずっと潤についていたいんだろうな・・・・。でも、この役目だけは誰にも譲れないな」

青白い潤の頬を撫で、そっとキスをする。

「ふふ・・・・キスし放題だな」

恥ずかしがり屋の潤。
いつもだったらこんな、誰が来るかもわからないところでキスをしたら照れて怒るのに・・・・。

「潤・・・・早く起きろよ・・・・・潤の声が聞きてぇよ・・・・」

その大きな目を開けて。

キラキラした目で俺を見て。

その甘い声で俺の名前を呼んで。

太陽みたいな笑顔を俺に見せて。

「潤・・・・潤に会いてぇよ・・・・・」

白い潤の手を握り、頬をすり寄せる。

微かに感じるその温もりに、俺は目を閉じた。

「早く、目ぇ覚ませよ・・・・」

潤の細く長い指に口付けた時―――

その長い睫毛が、ピクリと震えた気がした。

「・・・・潤・・・・?」

潤の唇が、微かに開く。

「潤・・・・潤!!」

瞼が震え、ゆっくりと目が開く―――

「潤・・・・・?」

ゆっくりと何度か瞬きをして・・・・

潤の瞳が、俺をとらえた。

「さ・・・・とし・・・・?」

「―――潤!!」

俺は、潤を思い切り抱きしめた。

「潤!よかった!やっと・・・・!」
「智・・・・・?どうしたの・・・・・?」
「ばかやろ・・・・心配、させて・・・・!」
「智・・・・・泣いてるの・・・・?」
「泣いて、ない!怒ってるんだ!」
「なんで・・・・んッ―――」

戸惑う潤に、俺は噛みつくようなキスをした。

驚いて潤が胸を押すけれど、構うもんか。

何度も何度も、角度を変えてその唇の感触を確かめるように―――

強引に舌を絡め取り、呼吸を奪うような熱いキスを繰り返し与えた―――

「ん・・・・・ッ、ふ・・・・ん、さ・・・・ふぁッ」

苦しそうな潤の声に、ようやく俺ははっとしてその唇を離した。

荒い息を繰り返す潤の瞳は潤み、濡れそぼった唇はより一層赤く染まっていた。

「し・・・・死ぬかと、思った・・・・じゃんッ」
「ふ・・・・ごめん。つい・・・・・」
「ついって・・・・!っていうか・・・・ここ、どこ・・・・?病院・・・・?」

潤が、目を瞬かせながら病室の中を見回した。

そして俺を見て、状況を把握しようと意識を集中させているようだった。

潤には、不思議な力がある。

その人を見ただけで、その人物のことやその人物を取り巻く状況がわかるのだ。

だから、俺を見れば潤は自分がどんな状況にいるのかわかると思ったのだろう。

ところが・・・・・

「な・・・・んで・・・・?」
「え?」
「わからない・・・・んだ・・・・・。智が、翔くんと一緒に俺を探して・・・・見つけてくれたことはわかるのに・・・・どうしてそうなったのか・・・・その日の記憶が、俺にはない・・・・・」

潤の体が、震えていた。

頭を抱え、苦しそうに呻く。

「潤!大丈夫か!?潤!」
「どうして・・・・?なんで・・・・!」
「潤!落ち着け!大丈夫だから!」

俺は潤の体を強く抱きしめた・・・・・。





「心因性の健忘の可能性が高いですね。いわゆる記憶障害ですが、過度のストレスを与えられたことによって、一定期間の記憶だけ抜け落ちてしまった状態です」

医師の説明にも、潤は戸惑うばかりだ。

「その記憶は、戻るんでしょうか?」
「可能性はありますが、絶対とは言えません。時期にしても、すぐに思い出すこともあれば長い時間たってから記憶が戻ることもありますし、戻らないこともある。それについては何とも言えないというのが現状です」



なにはともあれ、その記憶障害以外には特に異常が見られないということで、潤はすぐに退院許可が下りたのだった。

連絡を受けて駆け付けた翔くんとともに、病院を後にする。

「ニノが、事情を聞きに来るって。・・・・潤、大丈夫か?やっぱりまだ顔色がよくない」

翔くんの車の中、バックミラー越しに潤の顔を見た翔くんが心配そうに眉を寄せる。

「ん、大丈夫。ごめんね、翔くん」
「いいけど・・・・あんまり無理すんな。話をするのは、明日でもいいんだぞ。ニノだって、その辺はわかってくれる」

翔くんの言葉に、潤は首を振った。

「いいんだ。話をしてるうちに、何か思い出すかもしれないし・・・・。ニノにも心配かけちゃったし、会いたい」

同い年のニノと潤は、見た目も性格も正反対のように見えるのに、どこか通じるものがあるのか仲が良かった。
それこそ、俺がいないのに勝手に家に上がり込んで潤と2人で飲んでることもあるくらいで、あまり感情を表に出さないニノが、潤と一緒だとよく声を上げて笑っていた。

今回のことでもニノはとても潤のことを心配していた。

そしてもう1人―――

「相葉も、心配してたよ。さっきメールで知らせたから、家まで来るって言ってた。ちょっと騒がしくなるけど・・・・」
「ふふ・・・・。いいよ、俺も相葉ちゃんに会いたいし。あ、どうせなら相葉ちゃんの店に行きたいな。コーヒー飲みたい」
「え、マジで?大丈夫か?」

翔くんが、ちらりと俺を見る。

「・・・相葉ちゃんの店なら、いいんじゃない?潤が落ちつけるところなら俺はどこでもいいし」
「―――O.K。じゃ、2人に知らせとくわ」

翔くんはいったん車を路肩の止めると、携帯を取り出した。

ちらりと潤を見ると、潤は窓の外をじっと見つめていた。
まるで、何かを必死で思い出そうとしているように―――

俺は、そんな潤の手をそっと握った。

潤も俺の手を握り返してくれる。

―――大丈夫。俺が、ついてる。

そんな気持ちが、伝わるように。

本当は、潤がこうして元気になって俺の隣にいてくれるだけで十分だ。
何も思い出せなくたっていい。
だけど、やっぱりそれじゃあ潤はずっと何かが欠けた状態で生きていくことになるんだよな。
何よりも、また潤に危害を加えられる可能性があるとすれば、それは全力で防ぎたい。
もう二度と、潤を傷つけさせたりはしない・・・・。




「潤ちゃん!お帰り!」

相葉ちゃんの店に着くと、相葉ちゃんが早速潤に抱きついてきた。
彼も潤のことが大好きで・・・・毎日のように会っているというのに潤が店に顔を出すたびに嬉しそうに『潤ちゃん!いらっしゃい!』と満面の笑顔で迎えてくれるのだ。
潤も相葉ちゃんのことが大好きで、彼の淹れてくれるコーヒーもまた大好きで毎日のように通っていた。

「相葉ちゃん、心配かけてごめんね」

潤も嬉しそうに相葉ちゃんの背中に腕を回す。

―――ま、今日くらいはね・・・・

しょうがないなと思いながらもついつい溜息が出てしまう俺を、翔くんが横目で見て笑っていた。

「もう、あのまま潤ちゃんが起きなかったらどうしようかと思ってたよ!なんなら俺がキスして起こしてあげたのに!」
「相葉ちゃん!それは俺の役目だから」
「え~、だって大ちゃんはどうせ毎日チューしてるじゃん。たまには俺に譲ってくれても―――」
「だめ!そういう問題じゃないから!」

「ちょっと、なに入口塞いでるんですか。さっさと中に入ってくださいよ」

後ろからニノの声が聞こえ、潤が俺の背後に視線を向け笑顔になる。

「ニノ!」
「潤くん!こんなとこきちゃって大丈夫?家のが落ちつけるんじゃないの?」
「おい!なんだよこんなとこって!」
「だってあんたうるさいんだもん!」
「うるさくないよ!潤ちゃんのためにおいしいコーヒー入れるんだから!」
「もう、お前らうるさいよ!ほら潤、疲れるから席座ろう」

結局翔くんが潤を引っ張って席につき、俺とニノも続いたのだった。

出会ってからそんなに年月がたってるわけじゃないのに、まるで昔からの友達のように仲が良くなったなあと、不思議な感覚になる。




「―――じゃあ、その日の記憶は全くないの?」

ニノの言葉に、潤が頷いた。

「うん。前の日のことははっきり覚えてるよ。自分で作ったオムライスの味も、智と一緒に見たテレビも、寝る前に交わした会話も―――」

「なるほど・・・・寝る前の会話、ね・・・・」

ニノがちらりと俺を見るのに、俺は気付かないふりをした。

「じゃあ潤、『以前お世話になった人』って言ったら誰のことかわかる?」

翔くんの言葉に、潤は眉間にしわを寄せて考え込んだ。

「それも、さっきから考えてるんだけど・・・・・まるで、わかんないんだ。俺が、誰かからのメールを見て、翔くんにそう言ったんでしょ?」
「ああ」
「・・・・全然、思い当たらない。お世話になった人はそりゃあいないこともないけど、でも最近交流のあった人なんて・・・・」
「・・・その人の記憶だけ、抜け落ちてるとか?」

何となくそう言ってみると、3人の視線が一斉に俺に集まった。

「え・・・・なんだよ、だって、あり得るだろ?記憶障害ってどんなもんだか俺も知らないけどさ、要するに辛かった記憶とか、そういうものが思い出せないってことだろ?」
「そっか・・・・そういうこともあり得るのか・・・・。厄介だな、結局潤の携帯のデータは消えたまんまだし・・・・」
「でも・・・・家のパソコンに保存してある連絡先にあれば、わかるかもしれない」

潤の言葉に、ニノが身を乗り出す。

「保存してあるの?全部?」
「いや・・・・定期的に保存するようにはしてたけど、もし最近登録した人だったら、ないかもしれない・・・・少なくとも、1ヶ月くらい前までに保存してれば」
「そっか・・・・。でも、今のところはそこにかけるしかないね。あのビジネスホテルからはもう、何もわからないし。有力な目撃情報もない」

だが確実に、犯人は存在するんだ。

その犯人を、絶対に捕まえてやる。




「おいおい、この店は客に髪の毛の入ったもん食わせんのかよ!」

突然1人の客が大声を出した。

店内にいた客の視線が、その客に集中した。

がっちりした体格のその男は短い金髪を逆立たせ、鋭くつり上がった目でじろりとウェイトレスの顔を睨みつけた。

今月からここで働き始めたばかりの女子大生のウェイトレスは、その男の客の声に完全にすくみあがり、がたがたと体は震えていた。

「あの、あの、あたし―――」

「あぁ!?なんだねえちゃん、この長~い髪は、あんたの髪じゃねえのか!」

「あ、あたし・・・・」

トレイを胸の前で抱きしめ、震えあがってるウェイトレスの前に、相葉ちゃんがすっと立ちはだかった。

「お客様、申し訳ありません」
「てめえが店長か」
「はい。すいません、彼女はまだ新人なのでどうか―――」
「関係ねえだろうが!この髪の毛―――」

「―――それ、彼女の髪じゃないよ」

そう言っていつの間にか3人の傍に立っていたのは潤だった。

「は!?なんだてめぇ」

男がじろりと潤を睨みつける。

「彼女の髪じゃない。あんたが、自分のポケットから出してこっそり入れてたでしょ?」

潤の言葉に、男の顔がさっと青くなる。

「な・・・!何を・・・・!――――ん?お前・・・・・」

言い返そうとした男が、急に潤の顔をまじまじと見つめた。

「お前・・・・潤、か・・・・?」

男の言葉に潤は表情を変えず、小さく溜息をついた。

「・・・・久しぶり、今野さん・・・・・」

そう言った潤の顔は、浮かないように見えた・・・・・。




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