「・・・大野さんて、いつもあんな感じ?」

俺は大野さんが消えてったバスルームに視線を向け、呟いた。

「ん?智?んふふ、そうだね。昔からあんな感じだよ。全然変わんない」

そう言って笑う潤くんは楽しそうで、嬉しそうで・・・・・

胸が、ぎゅっと締め付けられるみたいに痛む。

「潤くんは・・・・大野さんと、その・・・・・」
「え?」
「・・・・そういう関係って・・・・言ってたでしょ?あれは・・・・」

どういう意味?

ちゃんと聞きたいのに、聞きたくない。

声が、自分の声じゃないみたいに小さく震えていた。

俺って、こんなに情けないやつだったっけ?

「・・・智は、俺を救ってくれた人なんだ」
「救ってくれた・・・・?」
「・・・カズ、まぁくんから俺の話、聞いたんでしょ?どこまで聞いたの?」
「え・・・・たぶん・・・相葉くんの知ってることは、ほとんど聞いたと思う・・・・」
「そっか・・・。じゃ、俺がいろんな男に抱かれてたことも、聞いたんだ」
「・・・・うん」
「・・・・それを聞いても、俺のこと、迎えに来てくれたんだ・・・?」
「だって・・・・俺は・・・・」

潤くんのことが、好きだから・・・・

「・・・俺が智と出会ったのは、モデルの仕事をして間もなくだった。いつものカメラマンが来られなくて、急遽雑誌社の人が自分の知ってるカメラマンに電話しまくって、それで来ることになったのが智。本来はファッション誌の仕事はしない人だったんだけど、その時は頼まれて仕方なく来てくれたんだ。で、そこでなんとなく話してたら、すごく気があってさ。よく一緒にご飯を食べに行ったりしてた。でも・・・ある日、智と一緒にいるときに、俺の体を買った客に会って・・・・智にはその話してなかったし、やな客だったから無視しようとしたんだ。そしたらいきなり殴られて、無理やり車に連れ込まれそうになってさ・・・・そのとき、智がそいつをぶっ飛ばしてくれたんだよ」
「え・・・ぶっ飛ばしたの?あの人が?」

穏やかそうで、とても人を殴ったりしそうにないのに・・・・。

「ふふ、意外でしょ?俺もびっくりした。でも智、すげえ強いんだよ。あんな華奢に見えるのにさ、顔色も変えずに相手には何もさせる隙を与えずに、さ。すげえかっこよかった。で、相手が逃げてって・・・・そのあと、智の家まで連れてってくれて介抱してくれて・・・・。俺、智のこと好きだなあって思った。すげえ好きで・・・・初めて自分から、抱かれてもいいって思った」

俺は、きゅっと唇を噛んだ。

それ以上聞きたくない。

なのに、俺は声を発することも、その場から動くこともできなかった。

「でも、そう言ったら、智に怒られたんだ」
「え・・・・?」
「金で男に体を売ってる様なやつ、抱きたくねえって」

ふふ、と自嘲気味に笑う潤くん。

「そんなこと、言われたの・・・・?」
「うん。俺、ショックでさ。すぐにそこを飛び出して・・・・そしたら、智が追っかけて来て。いやがる俺を、また無理やり家に連れ戻したの。で、戻ってからさんざん説教された。すぐに逃げようとするなって。ちゃんと自分がしてきたことと向き合えって。向き合って・・・・そのことが、俺の周りの人や、俺自身も悲しませてるんだって、ちゃんと気付けって。それで、泣きながら抱きしめてくれたんだ。『俺が、ずっと一緒にいるから、大丈夫』って、言ってくれて・・・・それからは、俺、本当にずっと智と一緒にいたんだ。智のご飯作って、部屋の掃除して、洗濯して・・・・すげえ楽しかった」
「へえ・・・・・」
「でも、俺、智に抱かれたことは一度もないよ」
「―――え!?ほんとに!?」

思わず大きな声を出してしまって、潤くんが目を瞬かせる。

「なに、そんなに驚く?カズ、俺のことそういうふうに見てたんだ?」
「え、あ、ご、ごめん、そんなつもりじゃ・・・・」
「ふふ、嘘だよ。そういうふうに見られても仕方ないこと、ずっとしてきたんだもん。悪いのは俺」
「潤くん・・・・」
「・・・でも、本当に智に出会ってから、俺、変わったんだ。モデルの仕事、まじめにやって・・・・俳優の仕事に興味を持って、オーディションもたくさん受けた。もう、体を売ることはなくなったよ。智がいつもそばにいて、俺に『潤の本当にやりたいことをやればいい』って言ってくれたから。今は、智が傍にいなくてももうバカなことをやることもなくなったし、智はどこにいても、俺のことを思ってくれてるって信じてるから」
「そう・・・・」

俺が潤くんを知る前の話だ。
嫉妬したって仕方ない。
体の関係はなかったとしても、2人の特別な関係の中に今更俺が割って入ることなんて・・・・・

「あ、カズ、お腹空かない?なんかルームサービス頼もうよ!智がいいって言ってたし」
「え・・・・あ、いや、俺は・・・あの、潤くん、今日は・・・・ここに泊まるの?」
「え・・・なんで?」
「いや・・・俺、明日も仕事だしさ、もしここに泊まっていくなら、俺は先に・・・」
「なんで?」

潤くんが、眉間にしわを寄せ、ソファーの横に突っ立っていた俺の向かい側に立った。

「迎えに来てくれたんじゃないの?」
「そうだけど・・・・今の話聞いたら、大野さんと潤くんの関係もよくわかったし・・・2人で話したいこともあるだろうし」
「・・・やっぱり、俺がゲイだから、一緒にいたくない?」
「え?いや、そうじゃないよ!そんなこと、思ってないよ!」
「じゃ、一緒にいてよ」

そう言って、潤くんが俺の手を握った。

「俺、カズが迎えに来てくれて、嬉しかった。カズが、俺のこと軽蔑したんじゃないってわかって嬉しかった。また、一緒に暮らせるって思ったら・・・嬉しくて。だから、一緒にいてよ」
「潤くん・・・・」
「待ってて、今ルームサービス頼むから!」

そう言って潤くんはベッドの方へ駆けていくと、ポンとその上に飛び乗り、サイドテーブルの上に置いてあったルームサービスのメニューを広げた。

「あ、デザート頼もう!これうまそう!バニラ風味のクリームブリュレ!ね、カズは何がいい?」
「あー・・・俺は、なんでも・・・」

てか、クリームブリュレ?って何?
なんか・・・・
やっぱり潤くんて・・・・・


―――可愛い


「―――お、今頼んでんの?じゃあ俺、カレーライスが食いてぇな」

大野さんがバスタオルで頭を拭きながらバスルームから出てきた。

「智はカレーね、カズは~?」
「俺は、なんでも・・・」
「え~、じゃあこれ!イチゴ大福にしよ!」
「イ・・・・あ、うん、いいよ・・・」

ホテルにイチゴ大福なんてあるのか・・・。

「―――そう、イチゴ大福・・・と、シャンパンも」

電話でルームサービスを頼んでいる潤くんを横目で見つめていると、大野さんがにやにやしながら俺の向かい側のソファーに座った。

「―――何すか」
「んにゃ。ニノって、頭いいんだって?」
「・・・別に」
「潤が言ってた。東大に行ってるって、まるで自分のことみたいに自慢すんだもん。ちょっと俺、妬いたからね」
「え・・・」
「久しぶりに会ったのにさ、ずーっとカズがどうしたこうしたって―――」
「智!余計なこと言うなよ!」

電話を終えた潤くんが真っ赤な顔で言う。

「ほんとのことじゃん。さっきだって、いきなり部屋に入ってきたと思ったらぽろぽろ涙流してさ、『カズに嫌われちゃったからもう帰れない』って―――」
「うわあぁ!!もう!!言うなってぇ!!」
「うははっ、潤、やめろ!重い!」

潤くんが大野さんの上に飛び乗り、髪をぐちゃぐちゃにしたり体をくすぐったりしている。

―――猫がじゃれあってるみたいだ。

楽しそうにふざけ合ってる2人の間にはやっぱり入っていけないと思ったけれど。
それでも、さっきみたいな胸の痛みは感じなくなっていた。
潤くんが、俺と一緒にいたいと思ってくれていたことが、嬉しかった。
自分が信頼している人間に、俺の話をしてくれていたことが嬉しかった。

大野さんの目は、どこまでも暖かく潤くんを包み込むようで。
潤くんの目は、純粋に大野さんを信頼しきっていて。
兄弟のような、親子のような、不思議な関係。

でも潤くんと本当の兄弟であるこの俺は・・・・・
血の繋がらない2人の関係が、やっぱり羨ましく思えて仕方なかった・・・・・。



にほんブログ村
ランキングに参加しています♪お気に召しましたらクリックしてくださいませ♪


拍手お礼小話はこちらから↑