違うんだ。

今、頭の中パニック状態で、うまく整理できない。

だけど、潤くんに嫌悪感を感じたり、一緒にいたくないと思ったわけじゃない。

そうじゃないんだ。





潤くんが出て行ってから、どのくらい時間が経ったのか。

「っくしゅっ」

玄関の扉が微かに開いていて、そこから入って来ていた夜の冷たい空気に体を震わせ我に返った。

「―――潤くん」

追いかけなくちゃ。
誤解だって、伝えなくちゃ。
このまま会えなくなるなんて、冗談じゃない。
潤くんが男しか好きになれないと知ってもちろんびっくりはしたけれど、でも、その事実にショックを受けたというよりは―――

あの大野という男との関係にショックを受けていたんだ。

『そういう関係』ということは、大野と付き合っていたということなんだろうか。

じゃあ、体の関係も・・・・?

胸が締め付けられるように苦しかった。
もう、隠しようがない。
俺は・・・・



潤くんが、好きなんだ・・・・





俺は家を飛び出し、どこへ行ったかわからない潤くんを探し始めた。

どこへ行ったのか、まるで見当がつかない。
考えてみれば潤くんがうちへ来てからまだ2週間もたっていないのだ。
潤くんの友達といったら、あの相葉くんくらいしか知らないし・・・・
相葉くんはどこで働いてるって言ってたっけ。
確か、池袋にある不動産屋だって・・・・



他に思いつくところもなく、俺はとりあえず池袋へ向かった。

駅から近いって言ってたけど、池袋の駅は広い。
どこから探せばいいのかわからず、とりあえず駅を出て不動産屋を探し始める。

相葉くんは、一度しか会っていないけれどまじめなサラリーマンというよりは、ちょっとちゃらい感じに見えた。
茶髪でネクタイも緩めでウォークマンとか聞きながら、ポケットに手ぇ突っ込んで歩いてそうな・・・・

そんなやつを探していたら、まさに目の前を歩く薄いグレーのスーツを着た茶髪の男が見えた。

「―――相葉さくん!!」

俺の声に、くるりと振り向いたのはまさに相葉くんその人だった。

―――本当にいた!

「あっれー、二宮さん?何してんのぉ?こんなとこで。あ、もしかして潤ちゃんも一緒?」

相葉くんがきょろきょろと周りを見ながらゆっくりと歩いてきた。
俺はそんな相葉くんに駆け寄り、その肩をがしっと掴んだ。

「へ?なに?」
「潤くんを、探してるんだ!」
「え・・・何で?迷子?」

首を傾げる相葉くんに、思わず力が抜ける。

「違くて・・・潤くんが、出てっちゃって・・・・」
「え・・・・」

相葉くんの顔色が変わる。

「何それ・・・。携帯に連絡は?」
「あ・・・・」

忘れてた。
てか、思いつきもしなかった。
なんてバカ・・・・・

「・・・顔色、良くないよ。具合悪いんじゃないの?」
「あー・・・ちょっと風邪気味・・・いや、そんなことどうでもいいんだよ!それよりも潤くんが―――!」
「まあ、落ち着いて。lどっか店入ろうよ」

相葉くんはそう言うと俺の肩を叩き、先に立って歩き出した。
俺は慌てて後をついて行く。

―――なんか、この人について行くシチュエーションていうのが嫌なんだけど・・・

入ったのは、サラリーマンでにぎわう居酒屋。
相葉くんは、慣れた様子で個室に案内してもらっていた。

「―――ここ、たまに商談でも使ったりするんだ。値段も安いし個室があるからさ、便利なの」
「へえ・・・・」

本当にちゃんと仕事してるんだ。

なんて、感心してる場合じゃなかった。

「あの、相葉くん―――」
「潤ちゃんのことでしょ?俺のとこには連絡来てないけど」

その言葉に、俺はがっくり肩を落とした。

「そう・・・・」
「喧嘩でもしたの?そんなに慌てて・・・潤ちゃんだって小さい子供じゃないのに」
「わかってるよ、でも・・・・」
「出てったって、いつ?」
「・・・・今日」
「今日?何時頃?」
「5時・・・ごろかな」
「・・・・普通に、買い物にでも行ったんじゃないの?」
「違うよ・・・・。あの家を、出てくって言ったんだ」

相葉くんが俺をじっと見つめる。

ビールとお通しが運ばれ、相葉くんが適当に料理を何品かオーダーしていた。

俺は、飲みたい気分でも空腹でもなかったけれど・・・・

店の人が部屋から出ていくと、相葉くんは『はい、乾杯』と言って軽くグラスを鳴らし、ビールを一口飲んだ。

「―――何があったの?こんなとこまで俺に会いに来るなんて、よっぽどのことでしょ。ちゃんと話してよ」
「・・・うん」

俺は、素直に今日あったことを相葉さんに話すことにした。

相葉くんは、顔色を変えることもなくじっと俺の話を聞いていた。
だから、話しているうちに気付いた。
相葉くんも、潤くんがゲイだってこと知ってたんだって・・・。
だから、潤くんが誰とも付き合ったことないって話をしたときに様子がおかしかったんだ・・・。

「・・・それで、二宮さんはどうしたいの?」
「どうって・・・」
「潤ちゃんを探し出してさ、どうしたいの?戻って来いって言うつもり?」
「・・・それじゃ、ダメなの?」
「だって、潤ちゃんはゲイなんだよ?これからだってまた大ちゃんが遊びにきたり、もしかしたらまた2人が抱き合ったりしてるとこ見ちゃったりするかもでしょ?いや、それどころか2人がベッドで―――」

がたんと音を立て、俺は立ち上がった。

その時、ドアがノックされ店員が料理を運んできた。

俺はゆっくりと座り直し、ひざの上に置かれた自分の手をじっと見つめた。

店員が出ていくと、俺はゆっくり顔を上げ相葉くんを見た。
相葉くんは目をそらすことなく俺を見ていた。

「やっぱり・・・・大野さんと潤くんは、そういう関係なの?」
「・・・だったらどうなの?」
「そんなの・・・・」

俺は再び視線を落とし、拳を握りしめた。

「そんなの・・・嫌だ・・・・」
「・・・・やっぱり、二宮さんは潤ちゃんが好きなんだね」

顔を上げると、相葉くんが優しく微笑んでいた。

「初めて会った時から気付いてたよ。きっと、潤ちゃんのことが好きなんだなって」
「・・・おかしいと思わないの?男同士で、しかも兄弟なのに」
「思わないよ。だって、俺はずっと潤ちゃんを見てきたし、それに兄弟って言ったってついこないだ会ったばかりでしょ?なんてったって潤ちゃんはかわいいからね。好きになるのはしょうがないよ」

なんだか、不思議な気持ちだった。
相葉くんの言葉は軽くて全然真剣さが感じられないのに、さっきまでもやもやしていた俺の気持ちがすーっと軽くなっていくのを感じていた。

「・・・相葉くんは、潤くんのこと・・・」
「俺?うん、好きだよ、潤ちゃんのこと。でも、俺のは・・・そうだな、逆にずっと一緒にい過ぎたせいで兄弟みたいな感覚なんだよね。ずっと潤ちゃんのこと心配してきたから・・・」
「心配?」
「うん。二宮さんはさ、潤ちゃんのお母さんのこととか、小さい頃の話とか聞いたことある?」
「いや・・・・。お母さんと2人で暮らしてたってことは聞いてるけど・・・」
「そっか・・・・。これ、俺から話していいかわかんないけど・・・・でも二宮さんが潤ちゃんのことを好きで、これからもずっと一緒にいたいと思ってるんだったら、知っておいた方がいいと思うんだ。最初は良くても、きっと知りたいって思うようになると思うし。でも、かなりショッキングな内容だから、覚悟して聞いてね」

明るい言い方とは真逆の真剣な目に、俺は黙って頷いた。

「でもきっと、二宮さんなら受け止めてくれると思うな。俺の直感て結構当たるんだよ?」
「・・・それはどうも」

いや・・・この人の話を真剣に聞いていいんだろうか。

まあでも、なんかその笑顔に謎の説得力があるんだけど。

「・・・俺が会った時、潤ちゃんはよく放課後学校に1人で残ってたんだ」

相葉さんが、遠くを見るように目を細めた。

「どうして家に帰らないのかなと思っててさ、俺、家も近いし良く一緒に帰ろうって誘ってたの。最初は戸惑ってたみたいだけど、そのうち仲良くなってうちに遊びにきたりするようになってさ、うちの親も潤ちゃんをすげえ可愛がってて一緒にご飯食べたりしてさ。でも潤ちゃんの家には呼んでもらったことなくて・・・ある時、こっそり潤ちゃんの家についてったの。ほんとに、純粋な好奇心しかなかったんだけど・・・潤ちゃんは家に帰ると、またすぐに出てきて玄関の前で座り込んでたんだ。もう外はどんどん暗くなって・・・何で家に入らないんだろうって思ってたら、そのうち中から男の人が出て来てさ、その人が行っちゃったらようやく家の中に入って行った。その時は、意味がわからなかったんだ。でもそのあと、日曜日に潤ちゃんと遊びたくて家に行ったんだ。チャイム押してもならなくてさ、玄関のドア開けたら鍵がかかってなくて、開いちゃったの。潤ちゃんの靴があったからいるんだと思って、そーっと中に入って、一番手前の部屋のドアを静かに開けたらさ・・・・あのとき家から出てった男の人と潤ちゃんのお母さんが、ベッドで抱き合ってた」
「それ・・・・」
「超びっくりして、大きな音立てちゃって・・・・男の人に『なんだお前!』って怒鳴られて、そしたら隣の部屋のドアが開いて潤ちゃんが出てきたの。潤ちゃんが俺の前に飛び出してくるのと、その男の人が潤ちゃんを殴るのとほぼ同時だった。『さっさと出てけ!』って言われて、俺は潤ちゃんに手を引っ張られて外に出た。潤ちゃんの口から血が出てて・・・ごめんねって、何度も謝ったの覚えてる。潤ちゃんは全然怒ってなくて・・・逆に、あいつ、乱暴者だからうちに来ちゃダメだよって優しく言われて・・・。その男が潤ちゃんのお母さんの恋人で、潤ちゃんはその男によく殴られてたから、家に帰りたくなかったんだって、ようやくわかったんだ。それからは、俺は潤ちゃんに会いたいときは外から潤ちゃんの部屋の窓を叩くようにしたんだ。潤ちゃんのお母さんには常に恋人がいて、その相手はいつも同じってわけじゃなかった。どいつも同じようなやつが多かったけど。だけど潤ちゃんはあんまり気にしてなくて、『まぁくんといっぱい遊べるからいいよ』って言ってくれてた。だから俺も気にしないようにしてたんだけど・・・」

そこで、相葉さんは急に話すのをやめ、眉間にしわを寄せた。

「どうしたの?」
「うん・・・やっぱり、話すのやめようかなって」
「はぁ?なんだよ、今更」
「だってさ・・・・今から話すことって・・・俺も思い出すたびに胸が痛くなるからさ・・・」
「・・・話して。俺、ちゃんと受け止めるから」
「二宮さん・・・」
「知りたいんだ、潤くんのこと。俺が知らない潤くんのこと・・・全部教えて」

無邪気で、優しくて、甘えたで・・・・

笑顔のかわいい潤くんが、俺は大好きだ。

だけど最後に俺に見せた潤くんの顔は、まるきり別人のようだった。

俺が、あんな顔をさせてしまったんだ。

だったら、その理由を知りたい。

あの時の言葉の意味を、知りたいんだ・・・・・



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