「カズ、今日帰り遅くなる?」

朝、潤くんがなぜかうきうきしたようにそう言った。

「ん?今日は・・・・わかんないな。ちょっと遅くなるかも」

その言葉に、潤くんの眉が下がり、明らかにがっかりした様子を見せた。

「なんだぁ・・・・そっか。こないだカズがおいしそうって言ってたテレビでやってた料理、今日作ってみようと思ってたんだけど・・・仕事ならしょうがないよね。せっかくだから一緒に食べたいし、また今度にするね」
「ごめん、今日はちょっと偉い教授が来ることになってて、何時になるかわからないから・・・・」
「そうなんだ。うん、大丈夫だよ。俺、仕事のことはよくわからないけど、カズのやってることなら応援するし」
「ありがと、潤くん」

ホッとして笑うと、潤くんも可愛い笑顔を返してくれる。

何だろうな。

弟って、こんなに可愛いもんなんだろうか。

でも潤くんは・・・・俺の中では、それ以上の存在になっている気がする。

潤くんの笑顔に、癒されるだけじゃなくて胸の鼓動が速くなる。

その笑顔が俺以外に向けられるとイライラする。

肩が触れるくらい距離が近づくと、呼吸がうまくできなくなる。

白い項を見ると触れたくなる。

折れそうな細い腰を見ると、抱きしめたくなる。

その赤い唇を見ると、キスしたくなる・・・・・・。





「二宮、携帯鳴ってるんじゃないか?」

同僚に指摘され、俺は胸ポケットの携帯が鳴っていることに気付いた。

「―――もしもし?」
『あ、ニノ?俺』

電話は、翔さんからだった。

『今日さ、時間ある?』
「今日ですか?」
『実はちょっとそっちの方に用事で行くんだけど、よかったら飯でもどうかと思って―――』
「あー、今日は―――」

遅くなりそうでと断ろうとした時。

「あ、二宮、きょう相馬教授来れなくなったって」

隣にいた同僚が、ふと思い出したように言った。

「え、マジ?」

それなら潤くんに知らせようかとも思ったけれど、時計を見るとすでに6時近く。
この時間に知らせても夕食の準備には遅いよな・・・。
だったら・・・・

「あ、翔さん?あの、それ弟が一緒でもいいですか?」
『ああ、例のイケメンの弟くん?いいよいいよ。俺も会ってみたいし。連れてこいよ』

その後潤くんにラインを送ると、すぐに返事が返ってきた。
待ち合わせが8時と伝えると、またすぐに返事が返ってくる。

その返事を見て思わずにやけていると、同僚が怪訝な顔をした。

「気持ち悪っ」
「うるさいよ」

だって、潤くんのラインはかわいいんだもん。
絵文字がたくさんで、文章も可愛い。
ときどき送られてくるスタンプもかわいらしいものが多い。

前に同僚にそのラインのやり取りをたまたま見られたときは、『高校生の彼女ができたのか?』と疑われたりしたくらいだ。
たぶん、潤くんは今どきの高校生よりも可愛いと思うよ。

真面目にそんなことを考えながら、俺は仕事を片付けるべく目の前のレポートに集中したのだった・・・・・。





「よ、ニノ」

待ち合わせ場所である駅前に着くと、すでに翔さんが携帯を手に立っていた。

グレーのスーツをスマートに着こなし、相変わらずかっこいい。

「すいません、もうすぐ潤―――」

「カズ!!」

後ろから聞こえた声に、俺は弾かれたように振り向いた。

潤くんが、ニコニコと手を振りながら歩いてきた。

「潤くん!―――翔さん、紹介するね。弟の潤―――翔さん?」

翔さんが、なぜか潤くんを見て目を丸くしていた。

「翔さん?どうかした?」
「あ―――」
「カズ?」
「あ、ごめん、この人がこの前話した高校の時の先輩で、櫻井翔さん」
「はじめまして、松本潤です。兄がいつもお世話になってます」

そう言って潤くんがぺこりと頭を下げると、翔さんは急にあたふたと目線を泳がせ、頭を掻いた。

「あ、あの、こちらこそ・・・・いつもお世話になって・・・・」
「翔さん・・・・?」

頭を掻いたせいで髪がぐしゃぐしゃになってしまった翔さんは、そんなことにも気付かない様子でおろおろしている。
そんな翔さんの姿を見たのは初めてだった。
いつも沈着冷静で、クールな人なのに・・・・




「あの・・・・実は以前、撮影現場に出くわしたことがあって・・・・」

翔さんが予約していたというレストランにつき、個室に案内してもらうと、翔さんが額に浮かんだ汗を拭きながら口を開いた。

視線は相変わらず定まらず、不思議そうに翔さんを見つめる潤くんとは、全く目が合わないようだ。

「病院の近くの公園で休憩していた時・・・・あれ、雑誌の撮影だったのかな。服を何着も着替えてて・・・・なんの気なしに見ていたら急に日が陰ってきて、夕立に降られたんだ。撮影隊の人たちが慌てて機材を抱えて近くの建物とか車の中に逃げ込んで―――俺も近くのあずま屋に駆け込んだんだ。そしたらそこに、潤くんが来て―――」
「あ!あの時の!?」

潤くんが驚いて声を上げた。

「え、会ったことあるの?潤くん」
「うん、忘れてたけど・・・そういえば、そういうことあった」
「すぐに駆け込んだのに結構濡れちゃってて、でも俺その時タオルもなにも持ってなくてさ、そうしたら、潤くんが持ってたタオルを貸してくれたんだ」
「あ~、思い出した、そうそう。俺は近くにいたスタッフがすぐにタオル何枚も掛けてくれたから、ほとんど濡れてなかったの。で、隣見たらびしょ濡れでくしゃみしてる人がいたからさ、1枚タオル上げたんだよね」
「11月くらいだったかな。寒くてさ、あのままだったら絶対に風邪ひいてたと思うから、本当に助かったんだ。でもその時はお礼言うくらいしかできなくて・・・・そのあと、たまたま見た雑誌に潤くんが載ってるの見て、初めて名前も知って・・・・。まさか、ニノの弟だったなんてな」
「それはこっちのセリフですよ。まさか2人が俺よりも前に出会ってたなんて・・・」

なんだか、ちょっと悔しかった。

潤くんもニコニコしてるし、翔さんなんてまるで初恋の人にでも会ったみたいに頬赤くして、恥ずかしそうにしてるし・・・・。

なんか、俺の方が疎外感感じたりして・・・・。

「潤くんは俳優やってるって聞いたけど、モデルもやってるの?」

翔さんが聞いた。
徐々に慣れてきたのか、俺と潤くんのことを交互に見ていた。

「モデルは、バイトみたいな感じ。仕事があれば喜んでやるけど、俺、そこまで背も高くないし・・・・。今はモデルよりも俳優業に専念したくて、オーディションとか受けてるんだ」
「そうなんだ。そういえば、最近はあんまり雑誌で見なくなったね。でも、頭が小さいからかな。あんまり背が低いって感じしないけど」
「あー、潤くん顔ちっちゃいよね!俺の半分くらいしかない」

俺の言葉に、潤くんは声を上げて笑った。

「ふはは、そんなことないでしょ。あーでも俺、実はそれコンプレックスなの」
「え、顔ちっちゃいことが?なんで?」
「ぜいたくな悩みだなあ」
「だってさ、頭ちっちゃいってだけで時代劇の仕事は無理だって言われるんだよ?前に時代劇用のかつら被った時にも、全然似合わないって言われた」

そう言って頬を膨らませる潤くんに、俺たちは思わず笑う。

「てか、潤くん、時代劇やりたいの?」

イメージ的にあんまり、ていうか全然似合わない気がするなあ。

「そういうわけじゃないけど、なんか無理とか言われると悔しいじゃん!」
「なるほどね。負けず嫌いなんだね、潤くんは」

翔さんの言葉に、潤くんの頬が染まる。

なんだか、それを見ただけで俺の胸が軋むように痛んだ。

「―――翔さんの方は、どうなの?仕事、忙しいんじゃない?」
「あぁ、まあね。相変わらず休みは少ないし、ハードだよ。睡眠時間も少なくてきついことも多いけど、それも仕方ないかなって感じ」
「すごいなあ、俺には真似できない」
「はは、でもニノの仕事だって大変だろ?亀の甲羅の研究だっけ?」
「ええ。でもまあ相手が亀なんで、こっちものんびりやってますよ」

俺の言葉に翔さんが笑った。

「お前も、高校時代はかなりもててたんだから彼女でも作ればいいのに」
「カズ、もててたんだ?」

潤くんがちらりと俺を見る。

「大したことないよ、全然」
「いやぁ、もててたよ。バレンタインにもチョコたんまりもらってただろ?」
「ちょ、それは翔さんでしょ!変なこと言わないでくださいよ!」
「ふはは、何慌ててんだよ、らしくねえな」
「そんなこと・・・・」

俺は、自分を落ち着けるように水を一口飲み、潤くんの方を見た。

潤くんは、おかしそうににやにやと笑いながら俺を見ていた。

「えー、俺カズの彼女の話とか聞きたいなあ」
「潤くん!」
「すげえ美人だったよ」
「マジで?写真ないの?」
「あったかなぁ」
「翔さん!余計なこと言わないで!」
「ふはは」
「んふふ、カズおもしろーい」
「おもしろくないよ!」

キャッキャッと声を上げて笑ってる潤くんは、本当に可愛いんだけどさ。

俺はまったく笑えない。

なんでよりによって俺の昔の彼女の話題になっちゃうんだ。

それを潤くんが面白がってるっていうのが、複雑っていうか・・・・なんかむかつく。
俺の彼女の話なんか聞いて面白いのかよって。
そりゃ、ヤキモチなんか妬くはずないけどさ。
でもちょっとはさ・・・・拗ねたりとか、してくれたら、なんて思う俺はやっぱりちょっとおかしいのかな。

「潤くんは?」
「え?」

翔さんの言葉に、潤くんは首を傾げた。

「その・・・彼女とか、いないの?」

なんで翔さんが恥ずかしそうなんだよ。

「いないよ」

潤くんが即答する。

口元は笑ってるけど、すっと翔さんからそらされた目はやっぱり笑ってない。

「潤くんは理想が高いんだよ。翔さんこそどうなの?俺なんかよりもよっぽどもててたくせに」
「ええ?なんで俺に振るんだよ、いねえよ、俺だって」
「いないの?なんか意外。翔くんは引く手あまたって感じする」

潤くんの言葉に俺も頷いた。

「んなもてないって。仕事も忙しいしさ。そういうの、めんどくさくなっちゃうし。こうやって男友達と会ってる方が気楽」
「あー、それわかるなあ。俺も今は彼女とかいらない。いつ会えるとか気ぃ使うのも面倒だしね」
「そうそう」
「―――ふーん・・・・なんか、つまんないね、2人とも」

本当につまらなそうにそう言った潤くんに、俺は―――たぶん翔さんも、ちょっとだけショックを受けていた。

どうしてショックを受けたのか、何に対してショックを受けたのか、その時はまだわからなかったけれど・・・・・



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